梅子杯 感想《前編》 written by 板部(^^)/

こんばんは、まるるです。私は感動しています…板部くんから天才としか思えない感想文が届きました!!!!彼が多忙の中何日もかけて推敲してくれた感想文をほっかほかのままお届けします。板部くんは栄光出身のディベートの精鋭で数々の成績を残しています。彼は本当の意味ででぃべきちだと思うのですが、努力家でストイックであるだけではなくて、彼はとても前向きで明るく、また、周りの人の気持ちを慮るすごく思いやりの深い一面も持っているとても魅力的な人なんじゃないかなーと思います。
さぁ!ではみなさん、だらだらした説明はここらへんにして、存分に板部くんの光り輝く文才をお楽しみください!!!(写真のあほ丸出しのキャプションはもちろんまるるです)
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 板部よ、熱く梅子杯を語れ。ブログ担当のまるる先輩から私に課されたこの義務を最も簡潔かつ手軽に果たすのであれば、確かにこの大会の厳然たる結果に一撮みの感想を添えて提出するので十分であろう。梅子杯は、しかし私にとっては梅子杯それ自体のみに留まるものではなかった。UTDSの一員としての私の半年と切り離して論じるならば、その結果が私に突き付ける現実は色彩を奪われ、矮小化されるだろう。故に今回は、板部の半年と位置づけ、初めてUTDSの練習部屋の扉を叩いたその日に筆を執ることとする。尚、これは今日迄あまりにも長くの間、大会の度に感想文を提出せよと命じられながらも巧みにはぐらかしつつ生き永らえてきたという罪を清算しようとの意図から行うものでは決してない点、賢明なる読者諸氏におかれては当然ご承知のこととは存じるも、今一度呉々も留意されたい。

 という仰々しいイントロを書き終えた時には、未だ暦の上でも秋、梅子杯の直後であった。されど時の流れは無情、気付けばBP Noviceも吹き荒れる木枯らしの彼方。これは私の遅筆の為せる業であるが、しかしながら私とて手を拱いていた訳ではなく、地道に推敲を重ねていたのも事実である。何にせよ板部の半年と題した以上、この大会について記す道義的責任も生じよう。梅子杯の感想文という形式で出された課題にNoviceを以て答えるという画期的かつ一見挑戦的な行動に出ることにはリベラルなる読者諸氏の御寛恕を乞うばかりである。
みんな俺の文章が始まるぜ、はっはっはっはっは(板部くんの文体との差がやばい)

一 
 その時には青々と繁る銀杏の葉が駒場の空を彩っていた。五号館へ向かう道は、翠のアーチを摺り抜ける優しい木漏れ日に包まれていた。それより季節は移ろい、私の部屋の机に積み上がってゆく使用済みの黄色いプレパ用紙に呼応するかのように、並木道にも今や黄葉の絨毯が広がっている。
 この半年は、駒場でのラウンドを重ね、その度にフィードバックを頂き、軌道を修正し、三歩進んで二歩下がり、少しづつディベートとの向き合い方を変えてゆく自分に気づき続ける半年であった。一つ、また一つと大会に出場する度、大学内外に数え切れないほどの新たなる知己を得、彼らと寝食を共にし、語り合い、新たなアイデアに触れ、新たな音源に出会い、そうして自分の世界を少しづつ広げていった。常にまた一つ、今までになかった輝きを見つけることの連続であった。

 初めて公式に登壇したのは、渡辺との一年生ペアでのエリザベス杯であった。あわよくば期待の新人として彗星の如くディベート界の天空に出現するつもりが、愛の懊悩を知らぬ無垢な男子高校生四年目の我らはラブモーションに撃墜されて星屑へと砕け散り、大気圏の業火の中で塵芥と成り果てた。
 しかし清々しい迄の圧倒的敗北は同時に緊張も萎縮も葬り去ってくれるものらしい。初夏、何も気負うことなく臨んだ若葉杯では、燃え滾る熱血のディベーター高田と組んでチーム第一位の僥倖に与ったのだ。これはサイドの籤運以上に、先輩方のレクチャーやフィードバックにおける仔細に入った手厚く親身な御指導に負うものだと考えている。厚く御礼申し上げたい。
板部くんの文体天才的だと思うしめっちゃ好きやねんけどさ、ぎょ、仰々しいな!!!!(ってかりこには読めへん漢字が多い)
 やがて季節は移ろい、灼熱の光線の生み出す陽炎が並木の喧しき蝉の叫喚を歪め始める。長期的目標も特に定めず、学業や他の課外活動と並列的なものとしてディベートを捉え、単純に気の赴くに任せて練習を続けるうち、夏学期は終わりを告げ、ふと気がつくと我々はソウルの大地に立っていた。BP形式に関しては右も左も分からない状態からつい先日漸く基本のキ程度を身につけたばかりの我々には、この右側通行の隣国での豪華オーソリ陣によるレクチャーは願ってもないものであった。
 ラボではMikeeJasmineの指導の下、東アジアの若きライバルたちと研鑚しあった。私にとっては、ここで現在まで続いているプレパの基本的なスタイル、および某銀座文具店で購入している黄色い用紙の使用法が定まったということは大きな意味を持つと言ってよいだろう。無論型に完成形などなく、その後も修正が加えられ続けており、更に今後抜本的に改める可能性も有り余るほどにある。だがしかし、ソウルの地での試行錯誤がその後の少なくとも三ヶ月を形作ったのもまた疑いようもない事実だ。ところでこの時同じ屋根の下で学んだ日本の一年生、WADのくらら殿、及び宿舎の部屋まで同じだったICUの宮脇殿とはやたらに大会の重要な局面で当たるという因縁を感じるのだが、それは気のせいだろう。うむ。
 さて、研修の締めくくりとして行われたADITでは、Kawaiiのチーム名の下WADの一年生友海との二人三脚でGFまで生き残るという幸運に恵まれた。軽佻浮薄なる私をパートナーとして認め、常ににこやかに応対してくれた彼女には感謝の域を超え、尊崇の念すら禁じ得ない。互いに忌憚のない意見を出し合いながらチームの戦略を模索し、纏め上げるプレパができたことは自信となった。最後の戦場ではCOの席に着いた。最も潤沢な準備時間を享受でき、反論にも狼狽える必要もないOWという役職は世界に天が授けた最も幸せな仕事だと考えているのだが、この時ほど壇上にいて楽しかったことはない。散っていった仲間たちが客席から目を輝かせて見ていてくれたからだろうか、それとも威風堂々とextensionしてくれる友海の背中が私を激励してくれていたからだろうか、思う存分のパフォーマンスができたと自負している。さは言えど現実は非情、二人で優勝を捥ぎ取ることは叶わず、それは試合後の直感からいえば半ば想像の範囲内、しかし希望的観測に基づけば予想外の結果であった。とは言え、出来る限りの力を振り絞ったという実感は、後悔の念に湧きあがる隙を与えなかった。決して満足な練習時間が取れぬ中で息の合ったプレパ、そしてスピーチができたという感覚は、ディベーターにとっては一夏の甘い夢の様でもあり、またそれ故に越えるべき目標として理想化され、後の私の前に壁として聳え立つことともなった。
 ADIを通じて手に入れたのは、スピーチに関する技術だけではなかった。国内外を問わず、多くの知己を得たのだ。その内のごく一部は以前の大会で既に出会っていた者達、一部は初めて出会った者達であったが、皆私の知らない一面を見せてくれた。特に日本勢とは宿泊したゲストハウスが共通であったという点もあり、文字通り所属の垣根を超えての熱い交流があった。今思えばその後の大会でも言葉を交わす様な交流の輪が形成されはじめた端緒の一つはADIだろう。海外勢に関しても、今後とも国際大会等の場で、また一皮も二皮も剥けた彼らに出会うのも楽しみに感ぜられる。
一皮剥ける前に唇の皮を剥く板部
 降りしきる夏の冷雨に烟る見慣れた正門がその日、特別に荘重なる気を湛えて見えたのは、ただ私が海の向こうより大量の海苔を携えて戻ってきたその直後であったからだけではない。銀杏の名を冠する優勝杯を巡る、新入生初とも言える熾烈なる大会の火蓋がまさに切って落とされようとしていたからである。勝手知ったる駒場の五号館525教室が熱気と緊張の支配するORと化す時、それはもはや見覚えのないものとしての新鮮ささえ私に感じさせる。その片隅、本場のトッポキの交感神経への鋭利なる刺激を輝かしき記憶としてまだ鮮烈に舌に残している私の隣で、今回の相棒たる渡辺はただ気取らぬ微笑を目元に浮かべながらバナナを頬張っていた。私が知っていたのは三ヶ月振りに彼と組むことになったという過去の経緯であり、私が知らなかったのはこの後大学一年目の夏の大会を全て彼と共に歩むことになるという未来の道筋だった。
 銀杏杯は予選から劇的であった。アロケーションという名の籤引きは、我らTokyo HWAD Aを激突せしめた。ADITを共に戦い抜いた友海、こもさやこと小森氏。数日前、一緒にソウルで話題沸騰のスイーツ店に足を運んだ仲の彼女らと勝敗の懸けて争わねばならぬという事実は、大会に潜む運命の悪戯を実感させた。結果だけ見れば一位ブレイクではあったが、四試合のひとつひとつの裏には出会いがあり、ドラマがあり、語り尽くせぬ感情の動きがあった。
 翌日、ブレイクラウンドだ。荒ぶるタブュレーションはしかし、留まることを知らぬ。OFTokyo Gという物理的にも高い壁が我々の前に立ちはだかる。知り合ってまだ十週間あまりのところ、もはや十年来の知己の如き盟友となっていた柴田と、UTDSで最も文系然とした理系こと大島だ。彼らとの対決を制した我々がQFにて対峙するのはTokyo C我がダル絡みの被害者No.1水野、No.2池内の両名だ。サイドにも助けられつつ辛くも勝利を収めると、青コーナーの我々の向かい、赤コーナーのリングに上がってきたのはKyoto B、飯田と佐藤。我らTokyo Hとは多感なる六年間を分かち合い、同窓で学び、そしてかの懐かしき英語部室でディベートを重ねた旧知の仲である。しかもモーションは古典中の古典、バンポルノ。一年ぶりに激突する彼らのスピーチは、高校の校庭に吹いていた風の香りを残しながらも、古都の空気の色をも新たに醸し出していた。一時間の激戦、勝負を超えて楽しいという純にして粋なる達成感に包まれる死闘の果て、勝利の栄光に与ることのできた我々は、決勝の舞台へと駒を進めることとなった。
 さて泣いても笑っても今夏最後の公式戦。と、相手を見やればICU C。かのADIにて同ラボ同部屋だった宮脇殿ではないか。パートナーは万理恵殿、普段の人懐っこさと壇上での真剣な眼差しとの差が印象的なディベーターだ。何かと親しい者と刃を交えねばならぬのはディベーターたる者の宿命だろうと受け入れつつ、静寂のプレパ部屋に向かう。GFPMスピーチはベクトルを間違えたまま完全燃焼。プレリバを意識しすぎてactive euthanasiaという単語を使わずに只管right to commit suicideを推していくという痛恨のミスを犯し、謎の平行線ディベートをORに齎してしまったこと、常識に照らして鑑みれば余りにも、余りにもworkabilityの低すぎるモデルを持ち込んでしまったこと、悔やんでも悔やみきれぬ。しかしDPM、隆之はやはりヴェールヌイ、信頼できる相棒だ。私のマターを綺麗にモーションに繋げ、しっかり相手に反論し、バーデンを押し、と驚異的な仕事をしてくれた。
 優勝の栄冠は、GFに如実に顕れているように隆之に負うものであり、またそれ迄支えてくれた先輩方、同輩、全ての皆様に負うものでしかない。とは言え、やはり演壇にて観衆の面前でスピーチをするのはどうしようもなく私を昂揚させ、夢の中にいるかのような潤いに満ちた温もりを心に齎してくれた。この快楽を求めて私はディベートを続けているのであると断言させたくなるような、そんな甘美な魅惑がORの論壇にはある。銀杏杯を思い出す時、私の瞼の裏にいつも思い浮かぶのはそんな非日常的な灯火に照らされた、壇上からの景色なのだ。

 さて、息つく間もなく九州カップ、連戦に相乗りするのはやはりかの紳士隆之だ。高校時代に韓国代表のディベーターとして出会った青年や、つい先日のADIで言葉を交わしたレクチャラーらにラウンドで邂逅するという予選からの驚異の展開には、国際大会特有の趣を感じるばかりだった。最終ラウンドはバブル、淀みに浮かぶ泡沫はかつ消えかつ結ぶとは申せ、率直に申せば本選ブレイクには一縷の望み以上の光明を見出していた。しかし無情なるはブレイクナイト、Tokyo Aは本選のコールを待たずにRookie Grand Finalにコールされる。大学の大会で初めて湧きあがった悔しいの一念は、次の瞬間には周囲の温かい心からの祝福と、翌日に迫るGF への心構えという包み紙に覆われ、頭の隅の木箱に封じこまれていた。
 斯くなる上は目の前の一番に集中するだけだと腹を据えて臨む、二日目最初にして最後の試合。善男善女みんな大好きAssuming系モーションだ。この十日間で三度目のGF、有終の美を。OGとは大枠では軌を一にしながらもCGとして帰結を詰め、オポベンチを葬ることには独自にして不可欠なる貢献を果たしたかに見えた。
 帰り時を急ぐ旅人の身、結果も聞かぬまま我々は予定の新幹線に飛び乗った。しかし、嗚呼、無情なるは戦場の常。言葉という剣を交える兵士の道を選ぶ限り、敗北を甘受する覚悟はなければならぬとは言えど、しかし車窓の向こうからのその知らせを我々は最も沈痛なる打撃を以って受け止めざるを得なかった。ルーキー王者の栄冠はOGの手に。本選に照準を合わせ、ルーキー枠はセーフティーネット程度に捉えていた身には、あまりにも低く鈍い衝撃を伴う結果だ。大学で初めて噛み締める苦い砂の味は、小さくなっていく響灘の波濤に溶けていった。

 暦を一枚めくった。次第に日も短くなり、沈む太陽の残光がより紅に、より鮮やかになってゆく。肌には一抹の涼しさも感じられるような日々に連れられるように、秋トーナメントは訪れた。博多の小料理屋にて水炊きを頬張りながら、先輩方の推薦のもと、隆之と唐突に出場を決めたこの大会である。出場する以上全力は尽くすが、少し背伸びした代償としての志半ばでの非業の死も覚悟しながら臨む。バブれば上々、ブレイクで御の字、あわよくば、いや、多くは望むまい。
 しかし隆之、醒めた目で状況を鑑み、明晰なるケースを立て、推し所を絞って推してゆく。UT内外の権威ある先輩方との対戦という光栄なる機会にも、心身ともに硬直化することなく我々は力を出し切ることができたと自負している。バブったまま、初めてのブレイクナイトのない予選後の夜は二郎。さぁ翌朝果たせる哉、我々の名はコールされた。爆散も覚悟していただけに、深い喜びと達成感が、一掴みの驚きに包まれながらも身体に広がっていった。直後、已んぬる哉、QFで浮き足立ったケースにより第三次世界大戦を起こすバーデンを負い、我ら一介のディベーターの身で世界を破滅に至らしめることが出来ずに静かなる爆死を遂げたことは悔恨として刻まれたが、それでも秋Tは概して、私にとっては輝かしい記憶として折り畳まれることとなった。QFの二文字が呪縛として私に付き纏い続けることになるとは、この時どうして知り得ただろうか。

 隆之と共に歩むことになった盛夏からの三度の大会は、間違いなく2016年の私のディベート史においては最も煌びやかな光輝に包まれた時期であった。隆之と私。彼が甘なら私は辛、彼が静なら私は動、私が火なら彼は水。私の啖呵が気炎万丈のきらいを昂らせれば昂らせるほど、彼の双眸はますます明鏡止水の光彩を研ぎ澄ませてゆく。彼が理路整然ならば私は意味不明、彼が品行方正ならば私は悪逆非道、彼が破邪顕正ならば私は魑魅魍魎。
 私の皮相浅薄たるスピーチがラウンドをmessyなる地獄変へと換えてしまう時、彼が冷静沈着に紡ぐ言の葉が跳梁跋扈するマターどもを一掃していく。私のスタイルが彼のそれと好対照をなすもの、調和して互いを引き立て合うものとして人々の目に映じていれば願ってもいない僥倖ではあるのだが、高望みはしない。いずれにせよ、彼の聲の形が私の耳に深く信頼と安心を齎したという事実ははっきりしている。Keep calm and carry on. 彼のディベーターとしての在り方は、時に鏡として、時に逆ベクトルとして、時に目指すべき模範として、そして時に越えるべき壁として常に私の眼前に立ち現れ続け、そして今も鋭く眩い閃光を放っている。
確かに、二人はそれぞれ長所がお互いを補完しあっているよね。


 晩夏、私を悩ませた地に堕ちたる瀕死の蝉の突然の飛翔も、見かけなくなると一抹の寂寥感を覚える。束の間の休暇は終わり、満員電車に窒息せんばかりの日常が当然のような顔で戻ってくる。

  抜群の清涼感を漂わせ、颯爽と登壇するKDSの一年生、残間は、その美丈夫ぶりとお茶目な言動の同居が魅力的なディベーターだ。ADIで知り合った彼と、数奇な経緯から大沢杯で背中を預け合うこととなった。
 SNSを用いた意思疎通には、往々にして非建設的なされど居心地のいい不毛な議論が伴う。長い停滞の末に我々は、どこから来たのか、ドラクロワの革命を題材としたかの名画の仮装をすることとなっていた。チーム名、残間を導く自由の板部。しかしマリアンヌに扮するのは残間、私は導かれる民衆の一人だ。
 朝、果たして現れた残間の姿は正に神々しかった。身に纏うは手縫いの衣、亜麻色の髪は白く粧われた顔を引き立て、その漆黒の睫毛には目を見張らされる。もはや大会の目的の大半は達成されたの感に包まれながらもラウンドへ向かい、様々な異装の者達と激論を戦わせる内、女神の加護の賜物か、というよりは女神のプレパ中に挙げてくれる適切な事例の御蔭か、泡沫候補としてバブルラウンドに至る。驚異のオーソリ軍団に三方を囲まれ、OGとして衝撃のスタンスを取ったことで畏れ多くもOOをも道連れにした大炎上を起こし、かくして我らの自由の為の闘争は幕を閉じた。
 大沢杯は、様々なディベーターの隠されたる素顔の一面を仮面の下に見るだけでなく、普段ならば願っても叶わぬような権威達と直接相見える機会ともなった。私にとっては初めてのDeputyでもあり、また最初にして現状唯一のCosplay Awardの栄誉に与ったこともあり、秋の良き日、収穫もまた少なからざるものがあった。残間とこの経験を分かち合えたことを誇りに思う。

 この早いハロウィンが過ぎると、私はBPからは一時離れることとなった。さぁ向かうは紅葉杯。温和にして寛大なる俊英、水野と肩を組み、戦いに身を投じる。さはあれど他のゼミナールで重大なる使命を帯びる身の彼、共に練習する時間は満足に取れない。私が不満に感じているのではあるまいかと気にかける優しい彼の心労を、我が稚気じみた不器用さでは肩代わりすることもできず、ただ擦れ違ってゆく二人を乗せたまま、残酷なる時の新幹線は京都へと至りぬ。
 嗚呼悔やむべきは我が不寛容、パートナーという最も身近であるべき人の心さえ汲もうとしないディベーターにアクターの挙動など分かって堪るものか。予選第一ラウンド、Kindai Aの猛攻の前に我らTokyo Cは屈した。それは私にとって、一年生大会で初の敗北を意味するものだった。さてしもあるべきことならねば、と奮起し、背水の陣で二連勝、バブルラウンドの結果を待ちながら向かうブレイクナイト会場への路は、月影がさやかに照らしていた。
 Breaking Announcementだ。四戦全勝のチームを過ぎると、意識すまいと思えども私の顳顬には汗が滲み、水野の眼鏡も心なしか曇る。と、三勝のチームだ。Sophia Aに続いて呼ばれるはTokyo Cの名だ。安堵の抱擁。水野、ありがとう。翌日の健闘を誓い、固い握手をした。
 我らがUTは終盤に怒涛の滑り込みを見せ、全員予選突破の偉業を成し遂げた。大いに賀すべし、賀すべし。このまま平穏に家路に着いていたのなら、この夜の高瀬川の水面に浮かぶ満月の隈なさなど私の瞼の裏に深く刻み付けられることはなかったのかも知れぬ。だが、我々は見届けてしまった。この戦いに全力を賭しておきながらも結果に報われず、地に崩れ落ちてゆく友。会場校にして自他共に認める優勝候補Kyoto C、例の同窓、飯田と佐藤の姿を。
 私は他者の痛みは共有できると思うほど無垢ではなく、また肩を貸してやることができたと満足できる程に共感できる優しさも有していない。所詮はただの傍観者、高瀬川の岸に伏す友に成り代わることができない。少し歩を進めて、出町柳駅前の鴨川に架かる橋の欄干に縋ったまま、再び言葉を失う友に、局外者である私は何も為す術なく、ただ所在無げに佇むばかりだった。それは同行する隆之も柴田も同じことだったろうと推察する。ただ、それでも。それでも、優勝の杯の中は、それに手の届かなかった者達の、今にも横溢しそうな熱意で、衝動で、渇望で満ちているのだと、そんな当然のことに今更気がつかされたのだ。今、家の机に鎮座する銀杏杯の中に、お前はそれを感じたことがあったか。勝つということはそれだけの犠牲の上に成り立つのだ。今でも私には、机上のトロフィーの反射する蛍光灯が、出町柳駅の凍てつく闇を照らす月光と重なって見える。

 切り替えねば。むしろ予選突破という恵を幸運にも享受したのならば、全てを出し切るしかない。さぁ征くぞ水野、とPre-Octの相手はTokyo GUT随一の熱血漢高田と、情に厚いダンサー四元。彼らの鬼気迫るスピーチに、こちらも死力を振り絞って応戦するも、その火山の如き猛なる勢いには圧倒され、ラウンド後は敗北をも確信するほどだった。幸いと言って良いのか、比較を示そうとした戦略が功を奏し、この死闘を突破することができたことは、水野と私との距離を大きく近づけた。OFで相見えるはUT H、勇ましく豪快なる九州男児栗原と、かの同じ路線ユーザー大島。ついに我々はこの試合のプレパで覚醒した。水野の得意な政治モーション、少しコンテクストを整理すれば、マターが次から次へと出てくる。私には聞く姿勢が根本的に欠けていたのだ。彼は最初の刺激として、モーションの状況、目指す条件を共有すれば、マターを出す力には目を見張るものがあった。驚異のプレリバ量で臨み、難敵を退けたこのラウンドは、記憶すべきものとなった。
 タブの見えざる手と言う奴はあるらしい。銀杏以来、縁者にしか当たらぬ。QFではUT A、渡辺軍団だ。かの隆之と組むのは英貴、隆之に負けず劣らず冷静、圧倒的安定感を誇るディベーターだ。OFで学んだことを活かし、状況を共有してからは、水野の紡ぐ言葉を軸として考えてゆく。と、やはりマターが出てくる、出てくる。さぁこれを武器として戦うだけだ、と臨む壇上。しかし敵もさる者、LOの英貴の建てる強固な城は一筋縄ではゆかぬ。ならばと振り下ろす水野の反論の刃、それにしっかり焦点を合わせて狙い撃つスナイパー隆之。総力戦だ。嗚呼、あのリプライでラウンドの世界を映すカメラの位置をもっとこちらに寄せていれば。水野のくれたあのマターをこう見せれば。嗚呼、幾らでも後悔は浮かび、消えてゆく。SFに進んだのは果たして、Tokyo Aであった。負けた。初めての一年生大会での敗退に、ペアと共に思い至ったはずの情報を活かしきれなかった不甲斐ない自分をほろ苦く噛み締めるばかりだった。負けた。覇者たりえない。負けた。負けて初めて、自らの勝利への拘泥の深さに気付かされる。負けた。もっとプレパ練で時間を共有しておけば、あの音源を聴いていれば、リサーチを積んでおけば。負けた。自負があったのだ、矜持があったのだと、今頃目を醒しても勝利へのレジには間に合わない。負けた。生涯で唯一度出場できる紅葉杯。負けた。
 初めて客席から眺める同級生同士の試合は、Tokyo AOsaka B。岡目八目。どうしてコンパリしない、ジャッジ任せにするな、と聴衆一同は以心伝心。しかし、二人の渡辺の口から結局それを聞くことは叶わなかった。勝者Osaka BGFで迎えるのはICU A。先日私と決勝で相見えようと軽口をたたきあったかの宮脇殿と、気品あるスピーチが聞き心地の良い桃殿だ。GFもまた、互いに一歩も譲らぬ激闘ではあったのだが、しかし客席からは違った視点で見えることもあるものだった。SFGF、私がそこにいれば。敗軍の将としては語るべきことではないが、しかしやはりやりきれぬ苦さが残る。身悶えしたくなる。次こそは、次こそは俺が、あの壇から観客を魅了してやる。目にもの見せてくれる。誓う。それだけだ。
 古都最後の夜、飯田と約した。知識をbrain drainしてはならぬ。周りと惜しみなく分かち合え。全体の向上なくて個人の迅速なる上達は望めぬ。水準の高い試合であればあるほど、戦っていて血が滾り、胸が高鳴り、心が昂ぶる。それこそが我々がディベートに求めるものではないか。

 東京に戻って、私は他大学のディベート部のブログを見ていた。先の銀杏杯のGFについて、私が紅葉杯のそれに対して抱いていたものと同じ感想を率直に綴っているものがあった。俺ならこうするのに、と。私は好感を抱いた。と同時に叱咤激励を強く感じとった。全力でしか打倒できぬ相手に、此処を先途と立ち向かってゆく。斯くして掴み上げる勝利。その末の優勝。容易な道ならば進む意味などない。まずは梅子杯。往年の相棒、渡辺と共に。覇を唱える日は近い。

 さて読者諸氏のお待ちかね、そして本来の目的である梅子杯について綴るときに私の綴ることを綴るときが漸く来た。しかしながら私の原稿提出義務の滞納は限界を迎え、これ以上の延長を犯しては自責の念に打ち砕かれ、爾今ブログの三文字を見るたびに戦慄く生活をせねばならぬやも知れぬ。日に日に現実になりつつあるこの根源的危懼を回避するには、最早中途であるとは言えども一度筆を擱き、後半へ続くとの形式を採る他あるまい。二部構成になっているということに前半を最後まで読まない限り気付きにくいというという絶望的に不親切な著述態度に辟易している善良なる読者諸氏には、平身低頭も辞さない構えだ。私がinnocent childだった頃、映画館へとある作品を見に行った時のことを思い出す。愈々最終決戦の刻だろう、詮方無し、御花を摘みに離席したいのも我慢して見届けようと決意した直後、投げ遣りな「第二部へ続く」の文言に深い憤りを覚え、このような残虐なテロップを書く大人にはなるまいと決意した私である。今この文章を書くにつけ、因果応報の恐ろしさに打ち震えるばかりだ。


次回予告
 梅子杯、そしてBP Novice。賽は投げられた。
 唸るPractical。轟くPrinciple。蠢くAssertionに、潜むPremiseを叩け。それが俺の、PPAP
 果てしないpreliminaryの果て、君はbreakできるか。QFの女神は誰に微笑む。
 次回、「板部、散華」。Prep time is up!


(参考) 梅子杯感想 《後編》 (新しいウィンドウで開きます)

梅子杯のこと書かんのかい!!!!(写真でネタバレしてもうたがな!!!!)
 



コメント

匿名 さんのコメント…
『デュエル・スタンバイ!』