梅子杯 感想 《後編》 written by 板部



前編の梗概

 若葉を茂らせていた銀杏並木は、軈て実を結び、その下に黄葉の絨毯を広げた。移ろいゆく季節の中で通り過ぎてゆくのは、色鮮やかな光の欠片たち。隆之が灯し、高田が耀かせ、友海が煌めかせ、残間が魅せつけ、そして水野が照らし出す。
 追憶の中に鎮座する勝利の栄光は、現前の敗北の挫折を決定的な暗黒に染め上げる。泥沼の中で踠き、足掻く。覆い尽くす巨大な冥闇に包まれながらも、四肢に渾身の力を込める。深淵の底の桎梏に繋ぎ留められて沈み込んでゆく身体を辛うじて保ち、前進させてゆく。自身の過去に眠る黄金の聖杯に、再び手を伸ばす。超克せよ。征け、Tokyo A。響け、隆之。吼えろ、板部。遠からん者は音に聞け、近くば寄って眼にも見よ。立つはPOI、立てるはCase。掴むは優勝杯。

(参考) 梅子杯感想 《前編》(新しいウィンドウで開きます)



後編の序

 語るという行為。私が私の物語を紡ぐ時であっても、今の私というフィルターを通して回想し、言葉を選ぶ以上、その過去は現在に対して中立ではありえない。今此処にいる私の影響を、如何ともし難く避け得ないものなのだ。
 これ故にこそ、鉄は熱いうちにと言う。物語るならば、記憶がその温度を保持している内に、と。しかし、冷たくならねば刃の鋭利なる光を静かに観察することはできない。季節を遡って書かれた文章には、当日の息遣いの聞こえる記事とはまた異なる味があるものだ。
 梅子杯。二度とディベーターの枠では出場できぬその大会名は、確かに時を追うごとに違った響きを持って私に立ち現れてくるようになった。昨夏。紅葉杯以後、大会直前。予選中、そして本選にて。大会後の宴にて。BP Novice以前と以後。Japan BPShibu Tを経て、役職を持ち年を越して今に至る迄。梅子杯の三字は、その度に形状を変えながら、しかし一貫して私の眼前に君臨している。QFの部屋、論台の鳶色の木目。ORの淡いベージュの柱。宵の闇に沈む校門。その存在感は薄れない。私の過去と未来の断層に鉛の如く横臥する梅子杯を、今の私が今の私の眼を通じて観察し叙述すること、それは少なくとも私にとっては意義のある行為だろう。そうあらんことを。未だに己の目指す所さえ知らぬこの身に、何か前進への手掛かりを掴ませてくれ。




 神無月。東海道新幹線、朝の新横浜駅に降り注ぐ陽光と雖も、我が眼瞼に刻み付けられた古都の突き刺すような月影を消し去ることは叶わぬ。色は匂えど、散りぬる紅葉。駒場の教室で、学食で、並木道で、記憶の断片が不意に襲いかかる。耳の奥に鳴り響くはQFの結果発表。眼前に現れる幻影は、勝ち進みぬる隆之、英貴。或は優勝杯を手にする宮脇、桃。吹き付ける寒風の奥に、テレビの音声の彼方に、揺らめく浴槽の水面に、卒然と蘇るは京都大学のOROF突破の喜びに水野と抱擁したその温かさも、届かぬ指先が切る虚空の冷たさに雲散霧消してゆく。
 私は気付いた。自らの内に厳然たる事実として横たわる矜恃に、勝利への執着に。目と目が合った以上、最早背ける訳には行かぬ。敗れた己を許すことの出来ない自身の狭量さから、私は離れることが出来ぬ。今日迄、そして爾今、私が辿る軌跡は、私にとってはどうしようもなく他人事でないものなのだ。ならば、二度と負けぬ。負ける余地を作らぬ。如何なる大会、如何なる形式、如何なるPartner、如何なるMotion、如何なるSide、如何なるJudge、如何なる相手だろうと、私は負けぬ。勝つ。満場一致で勝ち続ける。それだけだ。それ以外に目的は無い。
 幸甚なるは梅子杯の存在。最後のNA一年生大会が、三週間後に迫る。板部よ、これで勝たずして何とする。銀杏の印によりて汝は勝て。かの誇り高き戦士隆之と、平成二十八年五度目にして最後の運命共同体。征くぞTokyo A、マターの貯蔵は十分か。

 我々に残された三週間。練習はラウンド練に焦点を絞り、試合数をこなしつつ頂いたフィードバックを吸収することを最優先とした。試合に慣れろ、マターは何とかなる、隆之に任せろ、と。月火水木金土日。休、駒場、休、馬場、駒場、駒場、駒場。三鷹、駒場、駒場、四谷、駒場、駒場、休。駒場、駒場、三鷹、駒場、駒場。WAD AWAD BICU ASophia AKyoto ATokyo B。互いの手の内を知り尽くす程に対戦数を重ねる。僅かな空き時間はプレパ練。隆之と会わぬ日はないという程に顔を合わせる日々。BP Noviceも迫る中、隆之の不都合な時間帯にはみな先輩との練習も挟みつつも、梅子杯を優先させて頂いた。そうせねば優勝は保証できぬ。勝たねば。勝つためには練習あるのみ。富士重工前へ向かうバスに酔いつつも、自らを奮い立たせて我武者羅に駆ける。この方法が正しいかは知らぬ。限られた時間を最適化出来ているのだろうか。否、信じろ。マターは何とかなる、勝ち筋を、勝負勘を磨け。戦え。五限の講義が終わるや否や井の頭線へ飛び乗る心。梅子杯では勝たねば。この私の矜持、UTの栄光。やらせはせん、やらせはせんぞ。優勝杯をこの手に戴かずに帰る場所はない。と気がつけば、明くる土曜日は梅子杯予選である。さぁ、堆く積み上げた反故紙の山も、収穫の季節だ。微笑め、ニケ。


 
                                                             
 霜月。予選の朝は来ぬ。レジ落ちに備え、相当なる余裕を以て到着。同じく早朝到着のOsakaのLukas、三野達と当たり障りのない世間話を繰り広げるうち、次第に活気を呈してゆくOR。此処二週間、何度も手合わせした好敵手達のスーツ姿もちらほら見える。友海、くらら。こもさや、Ryan。宮脇、桃。優稀、誉翼。カズマ、さとそう。「広義駒場メンツ」とでも呼ぶべき、いつものメンバーと化しつつあった。共に同じ競技に携わる仲間。とは言えど、戦場では敵だ。ラウンドで相見えれば正々堂々、容赦せずに全力で倒すのみ。
 出現してくるUT領。Tokyo B、豪放磊落の傑物栗原・そして後にアジアチャンプの座を不動のものとする新本。Judgeの先輩方。我が盟友にして、後に部長殿と呼ばれることになる柴田も当日コミとして参戦する。私の本日の相棒隆之も漸く現れ、レジを済ませる。有元先輩からバナナというサプライズ差し入れを頂く幸せに巡り合ったことで、遂にバナナベの毎度言う所の「試合前バナナの強さ」の片鱗を見る。無論、魔剤の投入にも余念はない。
 部活モノの作品において勝負に拘るあまり過度に気負う主人公にありがちな萎縮、極度の緊張という奴を、私も懸念してはいた。しかしどうやら、主観の上の話ではあるが、今回の私はそれとは無縁でいられたようだった。練習量が違う。相応の自信はある。必要事項を過不足なくカバーする円滑な開会式の後、発表されるAllocation。さぁ来いMotion、どこからでもCase立ててやらァ。

 第一試合の相手、QU A。朝一番、スロースターターという懸念を乗り越え、プレパで形を整えられたという達成感の中、まずは安堵の一勝。試合後、QUからの銀杏杯の音源で見ました、研究していましたという驚愕の申し出に戸惑うばかり。そもそも音源、電波に載せられていたのか。恐ろしや。とはいえ隠れファンの出現に、滲み出る照れ臭さを隠しきれぬ我が相棒の姿。かわいい。

 幸先やよし。いざ行かん。と、この時迄は我々は忘れていた。板部のアロケ悪運の強さを。UTキラーの名を恣にしてきたということを。各大学に2チーム迄の制限のある今大会では、その矛先が「広義駒場メンツ」へと向けられる筈だということを。
 血も涙も無いTabulation、第二戦にて我々と当たることになったのは、WAD Bではないか。こもさや、Ryan。お前達、一昨日対戦した覚えがあるぞ。手強い。朝から波乱の一日を犇犇と予感しつつ挑む。むむ、気づくと絶賛Negative Oppositionと化している自分を見つけたり。不味い、相手を削り取るので精一杯だ、此方で差異化できることとは。苦し紛れに何本かFlipを試みつつも、明確な差異化の出来ぬ歯痒さ。ええい儘よ、リズムに乗れ。心の赴く儘に、私の足は右へ左へ。削れるだけ削れ、今捻出せる限りの反論を投げつけるのみ。ラウンドは果てた。RFDでも自覚の通り、ネガオポゆえの僅差と告げられつつも辛勝。課題が白日の元に晒される中、何とか白星を捥ぎ取った。

駒場メンツの勇姿
Tokyo Aに巻き込まれる不憫な宮脇殿

 真に私は勝利だけの為に此処にいるのか。全てを捧げる所存なのか。否、私よ、私の勝利への執念は至誠だ。疑念の余地はない。さて、果たしてそうだろうか、板部さんよ。血沸き肉踊る決闘に、勝敗を超越して心惹かれてはいないのか。もう考えるな板部、走ってしまえ。考えるな、感じろ。もう本番なのだ、望むように舞い、願うように刺せ。悔いなき演技を見せてみろ。
 迎えた三戦目はしかし、地獄変であった。体感最苦痛ラウンド賞2016を贈呈致したい。BP Novice 関東Preliminary Round 4と同率一位受賞、賞金は山分けだ。相手はICU A、紅葉の王者宮脇と桃の来襲。お前達、昨日駒場にいただろ。会ったぞ。二週間で何度目の邂逅だ。何度吉祥寺からバスに乗ったことか。水面の幻影に見た回数を加算すれば幾許ぞ。紅葉の仇は梅子で討つ。お前達に罪はなく、京都にては対局さえしなかったが、悪く思うな。我々の返り血で紅に染まるその葉の杯を手にするお前達に、勝ち点を譲る訳には行かぬ。
 返る筧。開始する試合。宮脇め、PMから完結した話の筋を定立しやがる。ならばとLOも塔を建てる迄よ。敵陣営が言外に匂わせるに留まったBurdenGoalを明示するというBP香る趣味を咬ましつつ、手足を自在に操りながらの懸命の差異化・アンド・Flip。しかし桃の更なる差異化・アンド・Flip攻撃が、我々Tokyo Aに災禍の如く降りかかる。相棒、任せた。唇噛んでる場合じゃねぇぞ、行け、何とかなる。バナナが押し返してPracticalは相殺、否、劣勢か。PrinciplePractical依存なれば、これは厳しい冬将軍の到来と見つけたり。雄壮なる宮脇Replyを聴きながら、会場の宇宙を支配する北斗星の力を肌に受け止めていた。
 ラウンドが終わり、廊下へ。ああ、死。負けやがった。死の先駆的自覚。千々に心乱れる所、見よ、隣の教室から出てきたのはWAD AKyoto Aではないか。お前らも昨日駒場で見たぞ。ファミリー集結の機運。荒ぶるアロケを再確認、されどそれを優に超えて荒ぶるは私の挙動。絶望した。敗北に絶望した。斯くなる上は。しかし。死んだらどうする。バブルだ、バブル。切り替えろ。
 待て、案外光明のあるやも知れないぞ。原則論の提示、枠組みの提示はこちらの貢献だ。それが合意となった以上、明示的にBurdenを果たしたのは我々なのではあるまいか。さらに、もし仮にPracticalが共に水掛けに留まるものとなったとしても、採択する余地を残すのは我々の塔ではないか。否、否。期待は身を滅ぼす。認知科学という講義で聞いたぞ、プロスペクト理論に基づけば、損失の方が利得よりも大きく感じられる、と。期待せぬが花。死は死、背水の陣には背水の風が吹く。
 開く扉。告げられるVoteOpposition、と。仰天、驚嘆を堪え得ない。おおお、おお。懇切丁寧なRFD。やはりBPで培ったメタ的貢献が実を結んだ。芸は身を助く。ラウンド練は幅広くに限る。おおお。しかしこの結果は、何が試合の中心か、何を中心に据えるべきか、我々自身が統握した上で意図して押し出そうとの姿勢が欠如していたことをも如実に物語った。大いなる反省及び改善の余地であった。それは、勝利を目的に据える上では特に欠かすことのできぬ視点だ。

 ORに戻る。未だに生きた心地もしない。嗚呼、九死に一生スペシャルだったが、ひとまず安堵の息を吐くがいいさ、板部。落ち着くんだ。心を白く白く真っ白に。さぁ切り替えて予選最終試合、有終の美を。キバっていくぜ。相手も3勝ならば高確率で駒場ファミリーだが、果たして画面に現れる相手は御大Kyoto A。お前ら20時間ばかり前だったか、試合したばかりだよなぁ、legalize DUELING to deathで。カズマ、さとそう、隆之、泰之の同窓会ラウンド、公式戦では銀杏のSFバンポルノに続く第二弾だ。リベンジに遠路遥々お越しって訳か、面白ェ、ギタギタのケチョンケチョンにしてやるぜ。Governmentか、貧弱な上腕二頭筋がここぞとばかりに一面に鳴り渡る。見やればMotion、バンタバ。よっ、日本一のAllocation。余程古典論題にて彼らと刃を交える星の下に生を受けたらしい。
 激戦。論台を放棄、原稿もそこに置き捨てた儘に縦横無尽に動き回りたくなる程の激戦。Unlike categoricallyと高らかに唱え音源大感謝祭を始めた隆之に、私は I choose my clothesで対抗する。結果の明かされぬ Silent Round、敗北と決めてかかる隆之の横で頑迷にも勝利の確信を崩さぬ私。
 とまれこうまれ、本日はここまで。線的遠近法に応じて相対的に縮小してゆく彼の背中を見送った後、最後のラウンドにて激突したカズマと、渋谷の中本にて麻婆を啜る。共に三勝以上、明日のある身だろう。下弦の月の照らす晩餐は安堵、古都神宮丸太町のかの隈は無い。決闘者カズマの飄々と曰く、Kyotoの勝ち、と。ほっとけ、と私。口に運ぶ汁、辛いながらの美味、これにはタバコにも勝る中毒性のあるやも知れぬ。先程のPMを務めた身、一貫性を保つのならばこの椀も又世論に警鐘を鳴らすべき味なのだろう。しかしこの刺激、舌のスペクタクル、政府に禁止させるわけにはゆかぬ。Opt-outの不可能なこの魔力に平伏するばかりだ。


POIからして紳士の隆之
対してiTVのPOIや如何に。はい。
(...Tokyo Aの机上汚すぎやろ、整理しろや)




 翌日。レジ落ちへの恐怖感はパラノイア。プラシーボ効果狙いの魔剤を道すがら購入しつつ神速で会場に辿り着くと、ORが未だに空いていない。コミの方に案内された別室で待っていると、第二のディベーターが到着。お初にお目に掛かる、QU Bだ。曰く、寝泊りしていたネカフェから出てきた所、とのこと。大会における諸ディベーターの諸相に触れた所から二日目が始まる。
 遥々応援に来てくださった先輩方もお迎えし、本日も大盛況のUT領。全勝ブレイクを確信していた所、先頭に画面に出てくるはKyoto A。なんなん。4位ブレイク。ファミリーも全員ブレイクを遂げた。スプリットだったと言うラウンド4RFDを伺い、掌をくるりと返すが如く納得しつつ、ブレイクして兜の緒を締める。サドンデスだ。征くぞOF
 
 本日一試合目の相手はAIU A。初顔合わせ。Body Positivity、あ、これ、授業で扱った概念だ。勝利を狙うならば、と戦略的証明責任操作。欣快なるかな、魔剤の力、朝から舌も足も悪しからぬ滑らかな動き。WHO, YOU, AREからのYou are amazing, just the way you areを確実に盛り込み、エンターテイナーとしての仕事の流儀も守りきる。取り零した点、反省点は無数に挙げられるものの、落ち着いた試合内容でQFに駒を進める。

 さぁQF。相手は、WAD A。友海くららだ。十年も前から知り合いだったような感覚に陥る程、ここ二週間の時間を共有してきた二人との天王山。今こそ決着を付ける刻。飛来せよSide、降臨せよMotion。曰く、This house, as feminists, would oppose surrogacy. 我ら、Governmentだ。



 さて。幾度の死線を潜り抜けて来た我らとて、命運も此処迄と見た。凛として清、鋭利なるWADの白刃、敵ながら天晴。我らの護ろうとする無辜の人々の横顔が、次々に彼女らの世界の色に塗り替えられていく。是非も無し。
 相棒。運命共同体、隆之よ。あれ程意気軒昂に会場に来たものを。抜山蓋世。流転の世、朝には栄華、昼には凋落、儚い限りだな。露と消えてゆくこの身。日頃は何ともおぼえぬプレパ用紙が、今日は重うなったるぞや。お前と共にこの道を歩めたこと、私の誉れだ。
 否、まだだ。諦めたらそこでスピーチ終了だ。残された時間が、我々にはある。などか最後の戦せざるべき。よい敵ござんなれ。同じう死なば、よからう敵に駆け合う迄。友海、くらら、お前達に討たれること、誇りに思う。しかし我らとてただでは死なぬ。砂時計の終の一粒が落ちるその刹那迄、刀折れ矢尽きるその瞬間迄、我々は壇上の舞踏をやめない。水平線に呑まれようとする最後の残光に喰らい付く。東へ西へ、騅も逝かぬ今、震える己の両脚にその身を託す。

 告げられる結果。散華する銀杏の葉。そうだな。おめでとう、友海。ありがとう、くらら。我らの尸を超えてゆけ。楽しかったよ。
 と、そう割り切れたら。光風霽月の境地に至れたら。凪ぐ海原の静かな波紋、そよぐ緑野の澄む大気のような心であれたら。拙劣なる私の狭量は、沸き上がる血の悔恨を制し得ぬ。迸る無念が、溢れる遺憾が、外界に析出してゆく。古都の月に誓った桂冠に、またも指先は届かない。何やってんだよ、学ばないな。進歩しないな。精神的に向上心のない奴は、馬鹿だ。俺、結構梅子杯自信あったんだぜ。なぁ、何なんだよ。
 駒場メンツICU AWAD Aの激突する準決勝。手に汗握る力と技の応酬の末、我らを下したくらら、友海も仆れた。華の舞台に駒を進めた桃、宮脇の前に現れる向かいの山の覇者は、KDS Aだ。舞い上がる濛濛たる砂煙の切れ間、最後に笑っていたのは、ICU Aであった。二週間、二冠か。祝辞が口をつくより先に、閃光の如くフラッシュバックする高瀬川。かのORが視界に霞み、二重の幻影を創り出す。QFでの壮絶なる最期も、矜持も。あの舞台に、ただ、立ちたかった。隆之と俺があそこにいれば、何と言ったろうか。あの舞台で再びの栄光を噛み締めたかった、それだけだった。
 
 吉祥寺の家系、武道屋の濃厚の汁に浮かぶ数多の雑念。蟠った儘、解けぬ紐の結び目。カズマ、柴田、隆之と共に啜り、飲み、平らげ、その儘レセプションに足を運んでゆく。紅葉に続くParty Night Debate第二弾は白熱の三番勝負。本大会の未練を、燃え残りの芯をぶつけてやれ。
 寒風の井の頭線。そもそも俺、何やってんだよ。努力、友情、勝利の為のディベートか。杯の為、賞状の為に命を削っているのか。本当か。エンターテイナーでありたいと言ったのはお前自身だろうに。
 そもそもお前、何の資格があって論台に立っているんだ。毎度毎度、Innocent peopleがどうのと。ほざけよ。本当にお前、そんなこと言う資格あんのかよ。お前はそいつらの何を知ってんだ、体験したのか、会ったことあんのかよ。本当は皆目見当もつかぬことを、いけしゃあしゃあと。目の前の他者の心も掴めないお前が、人の痛みを分かったような口を利きやがって。お前は誰だ。
 結局、明確な目標に不断の研鑽を以って迫っていく不屈のディベーター達の姿に憧れていただけなんじゃないのか。目標なく漂う己の姿を彼らと比し、畏敬の念と罪悪感に苛まれていただけなんじゃないのか。自身に無理にでも茨の路を歩ませよう、苦行させようとしていただけなんじゃないのか。それこそ仮面、勝つのが本心でないなら、正に真摯さに欠く態度。情けない。
 しかし、勝ちたい。仮面の内面化だろうが、内なる欲求の発露だろうが、私はそれでも、勝利への渇望から逃れられない。それでいて、楽しみたいという利己が常に首を擡げている。結局、何を拠り所に続けていけばよいのだろう。何がしたいのか、言語化する取り組みがディベートであるとすれば、私は自身の求める究極の願望を言の葉として紡がねばなるまい。しかし。分からない。悔しい。悔子杯。しかし、私は何故ディベートをしているのか。
 光の線は、渋谷駅のホームに吸い込まれてゆく。


紳士バナナべのポジキャンは私に任せろ




 梅子杯の後の私は空蝉になってしまうことを恐れた。燃え尽き症候群に確実に罹患するだろうと案じていた。一週間後に迫ったBP Noviceにて再起を図ろうとの志を抱こうにもどうにも力が入らぬ、そんな事態を憂慮した。これは部分的に現実化し、部分的に回避できたようだった。タイトなスケジュールの中、梅の落花を曳き摺りながら、前を向かねば、と。心に空いた風穴は、私にディベートとの付き合い方を見直させようとしていた。しかし時間が迫る。勝利は私の本望か、との疑念の靄も脳裏に立罩める中、梅子杯をメタ的次元にて内省する暇はない。必死に、ペアでの共有時間の不足を補うようにみな先輩との練習に打ち込む。ディベート世界には惨憺たる現状に喘ぐ人々がいる、だからこそ論者たる我々は真摯に向き合わねばならぬ、とは言え競技たる以上、自由な自己実現の側面もまた我々には欠かせぬものなのではないか。我々は競技ディベートを趣ある営みだと感じられた、だからここにいるのだ。辛苦を味わうのはいい、だがそれは勝利至上主義の齎す辛苦とは違う次元の話たりえるのではないか。梅子杯から学ばねば先には進めぬ、しかしそれには余裕が足りぬ。整理の付かぬまま、Hit-U練、本郷練、三田練に迎え入れて頂き、駒場練も通して一週間で何とか互いの呼吸を掴んだ。さぁ予選だ、もう勝ちも負けも私にはわからぬが、しかしやはり敗北よりは勝利を、楽しもう、いや勝とう、苦渋よりは美酒を。アルコールは摂らぬ身なれど。分からない。在るが儘に、だ。
 予選。R2迄で5点、まずまずの滑り出し。しかしR3OOにて、非直感的な話だからこそImpact迄落とし込む作業が欠かせぬ所、そこ迄至らずにGov. winを与えてしまう。6点で挑むバブルラウンド、此処で仆れる訳には行かぬ、と発奮するも、Culture系のMotion、何がこの Indigenous Communityにとって価値になるのかという判断を打ち出すことができず、現象のレベルの議論に留まってしまう。他のチームとの比較以前に、満足のゆく話が全く形に出来ず、只管に焦燥感に包まれながらスピーチを終えた。終わった。一縷の希望はあったものの、みな先輩とは綺麗さっぱり諦めようと誓って別れ、一人向かうBreak Night会場。絶望の中に、鈴の音の様な安らぎがあった。紅葉以来のこの強迫観念からついに逃れられる、と感じていたのかも知れぬ。恒例のParty Night Round、友海板部vsいづみ柴田というADIペアでの熱戦も終われば、私は内に広がる虚しさの中で羽を伸ばし、大の字になって寝転び始めた。
 しかし諦めきれぬが人情。始まるBreaking Announcement。光明を此処に見てもいいのだろか。やはり私は勝ちたい。然し、今回はもう諦めようと言ったではないか。次々呼ばれる仲間達に賛辞を、そして我々の屍にはどうか花を。9点で呼ばれず。いや、まだある。まだだ、まだ終わらんよ。始まる8点。現れるは臙脂色の校章、梅子で敗れた件のディベート嬢一年生ペアが呼ばれているではないか。うわぁ、よかったな。よかった。頑張れよ。しかし私は草葉の陰から見守ろう。と、同率で現れるスライドには二枚の銀杏。ここで来なければ死だ。表示されるはTokyo BBか、Bは平本先輩と栗原か。おおお、おめでとうございます。あれだけ練習していましたもんね。皆さんおめでとう、最早これ迄。已んぬる哉。敗兵は去ろう、頭でそうは申せども然し、私の目はスクリーンに釘で固定されビクともしない。と、嗚呼、また銀杏の葉が見える。天は意地が悪い、どこまでも人に希望を持たせようとする。地平線に沈まんとする陽の、最後の一片の残光。浮かび上がる字やいかに。Tokyo Aだ。Tokyo A。本当か。Tokyo A。えっ、本当か。A。我々だ。本当か。Tokyo Aだ。バブル二位だったのか。一陣の疾風の如く滑り込んだ。そんな。そんな、そんな。叫ぶ。心だけではない、体も叫びたがっていたんだ。そんな、そんな。死者蘇生。みな先輩に電話を。やった、やったぞ。我々にはまだ出られるラウンドがあるんだ、こんなに嬉しいブレイクはない。初めてだ、ブレイクがこんなに嬉しいのは。やった。


十一

 本選までは時間があった。一度諦めた命なら、一花咲かせて自己実現、と割り切って再開する練習。少し落ち着いた気持ちで、深呼吸しながら。気負うこともなく、しかし勝利への執着も程々に保ちながら。
 みな先輩は窈窕、優雅さを漂わせながらも、細やかな心馳せに溢れた方だった。授業を限界まで詰めた上で、梅子を優先するという私に合わせ、何とか時間を捻出してくださった。プレパにて、ラウンドにて、あるいはラウンド外での反省でも、一年生の私の発言に真剣に耳を傾け、応答してくださった。和やかなチームの雰囲気を醸成してくださった。私にdichotomyという単語の知己を得る機会をくださった。駒場練の後、渋谷の一蘭にまだ嘴の黄色いKDSの魔剤殿と私を初めて連れて行ってくださった。紅葉、梅子以来顕在化しつつあった壁をどう超克するか、懊悩しながらも建設的な試行錯誤ができる時間を許してくださったのは、他でもない Honorable Senior、みな先輩であった。如何程に感謝してもし足りぬ程の恩を頂いた。あれ程Twitterのアカウントを開設する勿れと念を押されたにも拘らずこの様な事態に至り、誠に慙愧に堪えぬ。
 師走。さぁ泣いても笑っても本選。みな先輩と奏でる旋律も、今日で暫くは聞き納めだ。目の前の一番一番、思い切ってぶつかってゆくだけ、と覚悟を決めて臨む。果たして祟るは知識不足、我らTokyo AはまたもQFでその身を散らした。Tokyo DHit-U Gの前に一敗、地に塗る。
 敗北によって途切れた糸。叶わぬ儘に溶けてゆく夢想。うむ、放心の渋味に浸るのも悪くない。寂寥の念は消えねども。微温い疲労に弛んでゆく私。緩慢に流れる時間の中、GFの火蓋は切って落とされる。OGTokyo C、温厚篤実、至誠一貫の巨人、大島の躍動。仏の慈悲に満ちた努力家、先代ブログ担当石丸先輩の咆哮。Tokyo DCG、我らが当時の部長、有元先輩の疾駆は、まさに常に未熟な我々に道を指し示して下さったその直向きな姿勢の為せる業だった。バトンを受けたWhip柴田の、乾坤一擲の力走。興奮冷めやらぬORにて、贈呈される優勝杯はCGの手に。練習期間を通じ、かの眼鏡軍団とは切磋琢磨してきた。芯からの慶賀の辞を捧ぐ。今日の所は完敗だ。乾杯。

 柴田と私。紙面を如何程割けば、彼について私の胸懐に納める所を余すこと無く語り尽くせるだろうか。新歓の卯月、渋谷のイタリアン食堂にて、それ迄ねじれの位置にあるかにも見えた二本の線は邂逅した。その時に何を口に運んだか、洋麺かピザか。明確に記憶にあるのは、赤茶けた床を照らし出すその電球の温かな光の色だけだ。爾来、空虚なる言の葉で互いの青春を充満させ合った。気付けば私は彼の寛容さに甘えきっていた。梅子杯前後、毎週の様に、否、読んで字の如く毎週彼の家に寝起きし、羽を休める宿を我が物顔で借りる日々。彼の鷹揚なる器の故にこそ、私の梅子杯の物語は成立し、今日の私がある。謝す。彼については語り尽くさぬ。又の機会に、駒場東大前駅前のつけ麺屋駒鉄でも、冠婚葬祭の時にでも、或いは泉下でもいい。梅子杯感想文という枠組みの中で扱うには、余りにも広大にて掴み様のない銀河を創出してしまうだろうから。唯甚だ簡素ではあるが、感佩と祝福の意だけはこの場を借りて明言させて頂く。

 
梅子杯二日目、カメラを向けられ咄嗟に面白いポーズの思いつかなかった彼。
後の伝説の部長殿である



十二

 睦月。ゆく年、来る年。木枯らしの中、冬Tの本選会場に観客として足を運び、総会を経、京都のカズマと組んで東京Miniに出、再び強者の先輩方に挑戦を退けられ、その帰りに渋谷のすごい煮干しラーメン凪を発掘し、年を越し、そして今日に至る。
 UTDSに所属して早九ヶ月。新緑から降り注ぐ木漏れ日の並木は、じきに雪の下に仮の眠りを貪るのかも知れぬ。梅の花の季節も近い。先月迄の九ヶ月間に優勝力士は四人誕生し、私は七人の同志と手を取り合って大会に出ることと相なった。隆之、高田、友海、隆之、隆之、隆之、残間、水野、隆之、みな先輩、カズマ。
 若葉、ADI、銀杏と、躍進を肌で感じた栄光の夏。目標たるブレイクを達成できた秋Tはその集大成であり、同時に冬眠の端緒でもあった。四回連続四度目のQFも板についてきた。その度に唇を噛むのも。その度に、パートナーとあのSFGFの壇上に立つ架空の己の像に思いを馳せるのも。その虚構の世界と現実との厳然たる差を痛感するのも。しかし、舐める辛酸の味は毎度違っている。挑戦者として跳ね返された秋T、無自覚な勝利への執念に気付かされた紅葉、自覚的に優勝に拘っていった足元を掬われた梅子、そして悩みながらも気負わぬ思いで望んだNovice。同じQの字にも、違う色があった。
 QFの蛹。技術的、或いは練習方法の次元での躓きが眼前に姿を現したのもさることながら、ディベートという競技との向き合い方という重々しき壁も又威圧的な白さで迫り来た。
 梅子杯、Noviceが終わり、私にはUTDSに入った春の記憶が甦って来た。高校からの趣味だったディベートを、私は辞めようかとも考えていた。似非の正義を振りかざすことが恐ろしかった。何も現実に変化を齎せない身で、口先だけで机上の空論を振り回す無責任が怖かった。それでいて、それを楽しんでしまう己の姿が想像された。戦慄だ。
 この問いに、私は未だに苦しみ続けている。答えの出せない儘。無知の無知よりは、無知の知を。それはわかる、しかし。まだ私は蛹室に幽閉された儘だ。そもそも此処は本当に蛹室なのか、将、迷宮の袋小路なのかも知れぬ。暗中模索は続く。
 私は未だにディベーターを名乗ることが出来ない。己が許さない。明確な長期的目的地も無い儘、波濤に揺られて浮きつ沈みつする船に、気骨ある船乗りの姿は未だ見えない。オケアノスは果たして彼方に待つのか。果てなき夢の航路の先に、一筋でも、幻想でもいい、光明を想像することの出来る限り、私は漕いで見よう。賭けて見よう。進め、コロンブスとなれ。徒労に帰そうとも、無為の青春もまた乙なものだから。

 梅子杯は強烈な印象を私の瞼の裏に刻みつけた。勝利を唯一無二の目的と定めて臨んだこと、志半ばでORに骸を曝したこと、今もその悔恨の情が鮮烈に、残滓のように蟠っているということ。未だに私は梅子杯を受け止めきれずにいる。梅子杯の物語は未完の儘、流れ出してゆく。厳然たる事実に如何に折り合いをつけ、吸収し、還元してゆくか。忸怩たる思いだけでない、愛着、懐かしさ、憧憬、或いはノスタルジア。梅子杯は捉え所のない、奥ゆかしき光彩を私の中で新たに獲得しつつある。記憶の中で辿る梅子杯の、切なくも温かい香り。その余韻に溺れながら、この寄稿を締め括りたい。長文にして駄文。お読み頂いたこと、深甚の謝意の溢れて留まる所を知らない。


先輩から継承したもの、守り、変え、新世界を切り開いてゆきます。
それにしてもカメラ目線のこの男、満面の笑みである。





コメント

匿名 さんのコメント…
板部先生の次回作にご期待下さい!