HKDO報告と、iTVの長い夜 〜一页上海,一页香港〜



疾風怒濤の迅速更新 電光石火の自己保身。
二〇一七 素数の年に 上海・香港 群雄割拠。
運営多忙の合間を縫って 国外逃亡 お家芸。
半身慶応? 全身東大! クアドリンガル副部長。
光溢れるその名を聞けば 泣く子も 守護も 地頭も笑う
ミトコンドリアで細胞呼吸 征け!進め!i !! T!! V!!!



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HKDO 〜結果報告〜


脳内でトーマス・マロン大先生を補えば、UT四人衆の勢ぞろい。
溝さん、撮ってる時くらいこっち向いてBaby


<<前回の UTDS!!>>
 意気揚々と九竜半島に飛び立ったUTDS四人衆。しかし国内に残された一年生たちは混乱していたHKDOの名から鑑みるに、彼らは札幌に飛んだのではないのか。謎を探るべくFacebookに潜り込んだ岩元は、そこで衝撃の情報を目にする。曰く、HKDOとは、Hong Kong Debate Openなのだと。
 ミルクキャラメルを土産に期待できないという絶望の泥沼で、慟哭するジミー。泪に濡れる地平線に、何を見る、笠川!!

 (一年生のみんな、名前勝手に使ってゴメン。iTVから見た君らのイメージが反映されてるだけのチョイスだから、気にしないでくれ。)



<<参戦チーム紹介 &  RESULTS!!>>

The Ottoman Empire 改メ The Otterman Empire(ぴーたー尊厳者 & 溝神大将軍)
: Quarter Finalist ! 


いや、Tokyo Aじゃねーのかよ、という声が
ロールコール時どこからともなく聞こえていたという話はここだけの秘密。

どの辺がバヤジット一世で、どの辺がスレイマン一世なのかも、もう何もかも謎…だったが、まさかのオスマン帝国と無関係だったことが発覚。「某天然記念物マン」の意だったか....。
迅速なご指摘、ありがとうございます。


Lil Deluzi (トーマス・マロン大先生 Joint)
: Pre-Quarter Finalist !


自撮りじゃないんかい!鏡やんけ!


Heavenly Kawaii Double Olives (魔術師iTV Joint) 

後ろがうるさい。このタイプの無意味な煽りは小学校の席替え以来。


 以下、二年 iTVの自称SIDO & HKDO感想文を掲載。賢明な読者諸氏は、某大会の感想文とされたiTVエッセイが当該大会に触れなかったということを覚えておいでだろうが、果たして今回は。
 刮目して見よ!!最初に言っておくが、長いぞ!!



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 辞めようと思えば、いつでも辞める機会はあった。

 中学三年の冬、体験入部者として初めて叩いた英語部の扉。「何が面白いのかさっぱり分かんねぇな」という純粋な感想を素直に認めてディベートなどという訳のわからぬ活動に背を向け、前途洋々、誇り高き帰宅部になることもできた。
 高校二年の暮れ、アカデミックディベート全国大会なる謎めいたイベント。「野球で言えば甲子園優勝だよ」「インターハイってとこかな」と語れる余地を冥土の土産に、君子危うきに近寄らず、パーラメンタリーの深淵を避けて生きていくこともできた。
 高校三年の夏、世界の高校生がスーツに袖を通して臨むWSDCなどという競技会。「やっぱり世界の壁は厚いね」「中学から英語を始めた割にはよく頑張ったよ」と独りごちて、いつのまにか纏っていたディベートの皮を脱ぎ捨て、チャンギ空港の片隅に取り残された想い出の欠片にしてしまうこともできた。
 大学一年の秋、梅子杯だとかBP Noviceだとか、毎週のごとく襲いかかるトーナメント。「未練がましく続けちゃったけど、よく考えれば思慮不足だったな」「本当に大学で学ぶべきはこれじゃない」と見切りをつけ、執行代の栄誉と責任を引き受けることなく、使ってきたプレパ用紙をアルバムの頁と頁の間に挟まった押し花にしてしまうこともできた。
 大学二年の初夏、かつてない悲愴なる面持ちで臨んだ、Gemini Cupなる催し。「俺の時代は始まりもしないまま、終わった」「もはやこれまで」と大音声で叫びを上げ、歯軋りした振りをしたまま、擦り切れた心が削れきるまで鑢をかけ、誰にも気づかれぬうちに次第に練習に顔を見せなくなるという工作を図ることもできた。

 でも僕はそれをしなかった。僕には、それだけの勇気がなかった。
 ディベートを辞めるという選択はいつでも僕を誘ってくれていた。「辞めよう部」の勧誘は力強い。こんなに懇切丁寧で、魅力的な説明をしてくれて、それでいて決断をするまで我慢強く待ってくれるサークルは、おそらく新歓期にどこを探しても他に見つからないだろう。五年間、僕は吸引力の変わらない「辞めよう部」に常に引き抜かれそうになりながら、吸い込まれないよう物陰に隠れ、手すりにつかまり、シートベルトをしっかり締めて、黄色い線の内側に立ってなんとか踏み止まり続けて来た。自分がなぜそうまでしてホーム上に残らねばならないのかも、時に見失いながら。


カメラの今ひとつな性能が遺憾なく発揮されて
程よくいい感じの写真になっているの図。香港。


 あー、板部、次は何、出るんだっけ?OR前の廊下で必ず聞かれる問だ。その日の天気を話すような口調で。あるいは専攻でも聞くように。各国語の挨拶のように。
 Gemini Cupの後、入学以来初めて次に出る大会という奴を失っていた僕は、空を失った独房の人、拠り所なき流浪人、パスポートを持たぬ放浪者だろう。桎梏から解き放たれたら気楽だろう、口笛でも吹いて過ごせらぁ、と五月の僕は楽しみにしていたのだけれど、希望というやつは大体裏切ってくれるものだ。いざ重荷というものが肩から消えてみると、背中が妙に軽くて真っ直ぐ歩けない。辟易していたところ、頭をよぎる香港の二字。そこに、声を掛けて来る者がある。

 「板部、ももかと出てみろよ。香港。」

 振り返れば、上海の戦友、キヨ。薄らニヤケやがってこの野郎。何言ってんだ藪から棒に。馬鹿も休み休み言え、ももかってあれだろ、しばももだろ?ほとんどまともに会話したこともねーぞ。
 いや、待てよ、うん、ああ、まぁそうだな、ありだな。どうせ悶々としたまま執行代の残り半年、石が穿たれるのを見ながら坐して過ごすくらいなら。ええいままよ、誘ってみるか。レジ締め切りまであと僅か。同じう死なば、よからう味方とチームを組みつつよからう敵にかけあうて、大勢の中でこそ打死をもせめ。
 あん、OKだって?おいおいマジかよ。こうなりゃしゃーねーな、やってやろうじゃねぇか。KDSとのジョイントプロの板部を侮るなよ。KDSでやってないことなんて、部費を払うこととカラオケに行くことくらいのもんだ。香港の夜空に一花咲かせて、上から見るか、横から見るか、はたまた斜めのDiagonal Win

 こうして板部の最後の戦いが始まった。



ものすごくチーム写真感の溢れた、ただの香港旅行の一コマ。
体調の回復したキヨ()、最終日に漸く美味い飲茶を食えた喜びに打ち震える。
「俺あのチマキ食った時泣きそうになったもん」



 香港での大会は、なかなかどうして思った通りに運ばない。だがそれがいい。
 R1, CO, 幸先よくバーディ。メンバーが綺麗に纏めてくれるとウィップは楽かつ楽しいぞ。
 R2, OO, 意外にボギー。UTDSの先輩、憧れのトーマスマロン兄貴と対戦。
 R3, CG, ここでダブルボギー。これは厳しいラウンドだった。残念だが当然。

 二日目、R4, OG, バーディを確信するも、まさかのパーで草不可避。4ラウンドで最短サイクルヒット達成。
 R5, CG, むむむ、苦しいダブルボギー。ブレイクは崖っぷちのポニョと化す。
 R6, CO, なんとかバーディ。順位とサイドが対応している説浮上。
 R7, OG, サイレント。香港モーションで香港の3チームを鎮圧、完勝を確信。

 ブレイクナイト、蓋を開けたらバブルですらなく、しかも最後はパーらしい。OGやると2位を取る、CO1位でOO3位、CG4位の法則性。いよいよサイドと順位の対応説が濃厚スープ、野菜マシマシ、アブラカラメ。
 同じく「9点バブル」は中学からの腐れ縁、“I’m not duelist”R7、1位確信からの2位。しかもスコアは1054-10537ラウンド通じて1点差、我らKawaiiの惜敗なり。これには溝神大将軍も「Kawaii Duelist、タブ上で並ぶのは草」と御満悦。
 誠に「可」もなく「不可」もなく、「優」もないけれど「75良」、実力相応過不足なし、そんなオリエンタルな日々だった。全てのラウンドの結果に一喜一憂せず、とりあえず「草」と唱え、あるいは「残念だが当然」と唱え、それでもダメなら「ジャッジングに不安ニキはフィードバックに自信ニキ」の原則を胸にフィードバックを貰いに行く。清先輩から学んだ軽やかさ、みな先輩から頂いたしなやかさ、そしてしばももの見せてくれた心の凪。明鏡止水、山紫水明、泰然自若のスラヴォイ・ジジェク。こんな達成感は、実績にも点数にも現れない。外から見たら負け犬の開き直りの脂下がり、ルサンチマンの残り滓、老荘思想の成れの果て、ひねくれ尽くした価値の転換、正体見たり枯れ尾花。それでも僕にとっては、それはこの大会に出るに当たっての目標だった。そして恐らく、この半年、あるいは一年、あるいはずっと、無意識が雄叫びを上げて求めていたものだった。弥次郎兵衛のごとく、回り続ける独楽のごとく、あるいはハンドスピナーのごとく。滞らないように 揺れて流れて 透き通ってく水のような 心であれたら。期待も抱負も少ない代わり、落胆も忿怒も生まれ得ぬ。希望を対価に絶望を避ける、等価交換の原則だ。
 確かに答えは得た。一歩一歩、近づく境地。綻ぶ表情、鏡に映じるのを見れば、しかしどうにも気持ち悪さが拭えぬのは何故だろう。


 しばももという奴はスゴい。このしばももがスゴい 2017にノミネートされれば、間違いなく大賞が取れる。強さ優しさ、眩しい笑顔。威風堂々、安定したトーンから繰り出す澄んだアーギュメントは、聴く者の心の水面の波紋を静める。耳にして心の安らぐその声音は風鈴のごとし、その後に論壇に登るパートナーとしても、話しやすさが段違い平行棒だ。初めて組んだはずなのに、どこか体が覚えているこの感覚。故郷のようなこの匂いは、恐らく今ここにはいない朋友が二人を結んでくれているということなのだろうか。彼女の紡ぐ言葉を通してしばももの耳は僕の声を聞いてきたし、僕も彼女の背中の向こうに常にしばももの息を感じていた、と、そういうことなのかも知れない。

 全英の度肝を抜いた電撃の謎チーミング、しばもも feat. iTV。突厥とサーサーン朝の同盟に匹敵するその意外性、複雑怪奇な世界情勢。ディベートファンの同人誌でさえ存在するかわからないほど、マイナーでニッチなドリームタッグ、まさに公式が最大手。しかしその系譜はサラブレッド。昨年の澁田-舜生さんからは大海の心を、みな-駿介さんからは大空の技を、万結-麻紗子さんからは大地の体を継承した、正統派UTDS-KDS二年生ジョイントである。
 ラウンド練の数を極限まで切り詰め、マター集めと脳内プレパに集中して臨むという意味不明戦略に乗ってくれたしばもも。当日までロールを決めずとも、慌てず、騒がず、心は動じず。「二人の共通点は可愛いことくらいしかないからKawaiiをチーム名にしよう」という摩訶不思議なる提案も、どうせ Kawaiiなら盛りに盛ろうと辿り着いた “Heavenly Kawaii Double Olives” 略してHKDOなる新世界も、レジ費を海外送金する際に銀行の窓口にて為された「通信欄はヘブンリー・カイイ、で間違いありませんか?」「ええ、Heavenly Kawaiiです」「カワイイ、でございますね、かしこまりました」という会話も、平和の象徴Oliveのような穏やかなディベートがしたいという願いも、「しばももお姉ちゃん」というジョーカー級の雑な煽りに対する「弟よ」という落ち着き払ったスペードの3も、今となっては既に遠い過去のようで、全てが懐かしい。
 進むも退くも留まるも、灼熱業火に囲まれて、旧ソにも並ぶ窮鼠となった懊悩煩悶の半年間。近づくことはできないオアシスに近づこうとして、冷たい水を求めて香港まで飛んでいく旅路。動かなくなった羅針盤、破れた海図、雲のかかった北極星に、ネジの外れたアストロラーベ。嵐に、茨に、道なき荒野、空気は悪くて馬は大揺れ、それでも僕が今日まで生きながらえてきたのは、偏に隣にしばももがいたからだろう。一人ぼっちが二人、抱えた痛みを分け合うように。喉の渇いた旅人が二人、同じ車両に乗り合わせ、通りすがりの異邦人ながら同じ線路の上を往く。天の恵みが二人を繋ぐ。美しき哉、Welch ein Glück! オアシスならぬオエイシスが歌うならばYoure my wonderwallであり、21世紀に言えば #出会いに感謝、である。


誰がどう映ろうとも表情を変えずに自撮リ。
さすがは当代のKDS女帝、鋼の精神力。



 僕には香港は、間違いなくオアシスだった。オエイシスでもあったのかも知れないし、オケアノスでもだったのかも知れないけれど、とにかくオアシスだったということは否定しようもない。
 でも僕がどうしてそんな荒野の旅人になってしまったのか、僕には実は掴みきれていない。何故、僕はそれほど渇いていたのか。何が僕から泉を奪い、雨を奪い、川を奪ったのか。一体僕は何を求めて、水のない原野を選んでしまったのか。
 曠然として寂寥たる大地を、一人あてどなく彷徨する。曇天の夜、覆い尽くすは灰色の闇。切れ間に浮かぶ幻は、カストル、あるいはポルックス。

 Gemini杯なる大会は、HKDOを除いては僕がディベーターとして登録した直近の大会ということになる。こいつは、只管に厳しい戦いだった。針の丘、毒の沼、火の山。上から、下から、内から、外から、切り裂かれ、押し潰され、引き千切られ、噛み砕かれて、最後に残った希望の粉さえ己の足で踏み躙った。
 出ねばならんとの義務感は、大鴉のように僕を掴んで飛んで行く。それでも僕は抵抗しない。その怪鳥は心が育てた合成獣なのだと知っているからだ。僕自身が魔物だからだ。
 滋藤の弓に矢を番え、鴉を狙ってくれた人もある。屋根に登って手を伸ばし、僕の足を掴もうとしてくれた人もある。古の聖なる魔術を詠唱し、破邪顕正の光を見せてくれた人もある。それでも千尋の海の底の底、プランクトンっ子ひとりいない世界で貝殻を閉じた僕の視覚野には届かない。ただ眩しすぎる双子座の幻光に眩みながら、眩暈しながら、それでも目を逸らす勇気もない。ドライアイになるのも至極当然だ。
 表で新入生を歓迎しながら、裏で自分をますます招かれざる客にしていく。着実に無能を晒し続け、愈々自分にも愛想を尽かす。己を信じず、人を信じず、期待はこの世にあってはならぬ、この世に要るのはよい子だけ。不信の二文字の刻み込まれたプレパ用紙に何を書こうが、ジャッジの心は動かない。小手先のビブラートだけでは、精密採点DXの目は欺けないのと同じように。
 外の架空の世界には、責任だけが横たわる。心はそれに怯えるあまり、綺麗な星さえ目に入らない。Echo Chamberのエゴイズム。俺は出ないぞ、出たくない、叫んで壁を掻き回す、そんなポーズをしてみたところで実際のところ出るんだろう?オプトアウトする勇気のない奴に、愚痴る資格などどこにある。ルサンチマンの最後の抵抗、負の想念をラウンドへ。
 組んでくれた隆之と栗原には合わせる顔もない。あの日も、今日も、恐らく明日も。バブルラウンドでの敗北を確信していた僕は、二日目の朝、会場に行くかすら悩んでいた。苦しみから抜けたい、一刻も早く居なくなりたいという願い。ブレイキングアナウンスメントを、彼らの隣で聞くことはできなかった。呼ばれようと呼ばれなかろうと、僕は恐らく彼らと真逆の反応をしていただろうから。ICUOR、一番後ろの柵に腰掛けて。15位も、16位もTokyo Aに非ずと知った時の安堵、溢れるカタルシス。次の瞬間、滲み出す罪悪。嗚咽のように漏れるのは、漆黒の蛇蝎、鵺の翅。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。隆之ごめん、栗原ごめん、二年のみんなごめん、応援してくださった先輩方、後輩のみんな、ごめんなさい。隆之ごめん。栗原ごめん。

 「Gemini?ああ、あんなんそこら辺の二年に喰わせとけよ」「俺は出るけど、まぁ、どうでもいいよ」怯懦にして惰弱なる板部、姑息な言葉を吐けば吐くほど、心は口とは裏腹に、この双子の星への思いを強くしていたらしい。
 僕は普段ほとんどゲームをしない。でも大会を終えたその週、気がつくと僕は流星のロックマン ペガサスという年季の入った一本で、無意味なウイルス狩りをしていた。『ドリームこうえんの電波』なるマップ。突如変わるBGM、登場するボス『ジェミニ・スパークSP』。狩る。また現れるジェミニ・スパーク。狩る。さらに出てくるジェミニ・スパーク。狩る。狩る。圧倒的な偏見を持って強固に抹殺する。ジェミニ・スパークを狩り続ける。某天堂DS、強烈なブルーライトを浴びて、目はますますドライアイになっていく。無意識に押すは十字ボタン、タイミングよくABボタン。心に映るはTokyo B、髙田、さゆり、天パの部長殿。彼らのSFを隣で見ていたアスジュリ先輩の慈愛に満ちた眼差し。僕は、何をどうしたらいいかわからない。

 大会の一週間後、開かれる若葉杯。ORで僕は悩んでいた。皐月の時点で、今年出る大会は3つと決めていた。エリザベ・GeminiBP Novice。でも今年のNovice、二年の出場は無いかもしれないらしい。ならば一つ、綺麗に終われる墓場を見つけたくはないか。畢るにしても、散るにしても、せめて希死念慮に染まったあのR4を、五年の道程の最後の戦場にしたくはない。しかし。

 そこに現れたのがキヨであった。
 「板部、ももかと出てみろよ。香港。」


 不信の種というのは、世界の果てまで遍く存在する。土という土に雑草が蔓延るように。セイヨウタンポポ、ハルジョオン、ブラックバスにアメリカザリガニ。クズにワカメにススキの原。一度芽生えた疑惑の念は、雨に運ばれ風に揺られて、気付けば心を覆い蝕む。
 一つ一つのパズルのピース、通り過ぎていく途中駅、日記の一頁一頁は、恐らく世界全体の太陽光を遮るほどの隕石ではない。気に留めなければどうということはない。それでも、人の弱さは。否、僕の弱さは。火の粉の降りかかった翌日に、再びコンロの火を見れば、双手の火傷に過剰に怯え、慎重になるのを抑えられない。乾燥しきった双眸には、最早炎しか映らない。外の焔が内の焚き木に燃え移り、心を煉獄の劫火もて焼き尽くすのなら、潤いのなき僕らにできるのはただ一つ、隣の建物を壊して被害の拡大を防ぐことだけだ。灼熱の紅蓮に胸は張り裂け、息は詰まる。喘ぎながらただ、防災頭巾を被り、部屋の隅で小さくなって体育座り、床の溝をなぞりこなして、時間を静かに殺していく。

 平成二十九年という年を思い起こす。
 新年から副部長兼副ブログ担当、意気軒昂の気炎万丈。前途やよし、と始まった我々の旅だが、案外渇きはすぐに襲う。取り損ねる練習部屋に、集め損ねる大会ジャッジ。平身低頭、お願いするも、更にご丁寧に断られ。温もり溢れた先輩方に「ごめん、その日は」「本当にすまないんだけど」と気を遣わせてしまう度に、僕の脳髄は絞めあげられて、雑巾のように無様に捻れて。
 競技の調子も低空飛行。Titechにせよディベすすにせよ、大会に出てもお荷物担当、僕の7分はパートナーの1分。組んだ朋友は忽然、姿を消し、翌月のカレンダーはますます表情を失っていく。気合を込めれば込めるほど、焦りがスコアを下げてゆく。秋T、紅葉、梅子にNovice、年を跨いでディベすすと、五連で続いたクオファイ芸人、その幕引きはあっけなく、ザカンのオクトで花と散る。ICUTブレイク落ちで、いよいよ不振もここに極まり、気概と実力の差の中で螺旋階段を転がり落ちる。ルールの上でも一見不完全なこの遊戯、我武者羅にしがみつく意味がどこにある。人を守るのがアーギュメントなのに、僕の剣は守りたい人すら傷つける。自他の発した些細な刃が鏡の部屋で反響し、熱波に喘ぐ僕の大地に紫外線の矢が雨あられ。

 四月も僕の無能。輝く目をした新入生の行く手を遮り呼び止めるなど、ディベートに懐疑的な僕らにできるはずもない。「女子にも配慮」「初心者に優しく」理想は完全同意なものの、仕方は議論の余地がある。されども気遣いの足りぬ僕の言葉は誤解に誤解を生んで、気付けば僕は悪魔のごとく、「強者以外は不要」論者と影で責められ表で嘲られ、押し寄せてくる実務の波に揉みに揉まれてロビンソン、驕れる心も猛きことも、とりどりにこそありしかども、もはやこれまで、この新歓期が終わったら、俺、辞めるんだ、いや、辞めることすら叶わぬかもな、まずは明日の練習のジャッジを確保せねばならん、さもなくばまた昨日のように、BP尚且つジャッジは高校生。これではあまりの仕打ちだろう、新入生に残酷すぎる、さぁ集めねば御仕舞いだ、どうにでもなれ、どうにでもなれ、そんな、終わりの見えぬマラソン。

 さて地獄の卯月も三週目。そこに現れたのがキヨであった。
 「小籠包食ってブレイクすっぞ、板部。」
 目指すは上海。飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで飛んで、全てを振り落とせ。


 HKDOについて僕が語る時、僕はSIDOについても語らなければならないという気がして来る。それはキヨという刈り上げ野郎によって両者が強く結び付けられているからであり、僕の中国語能力の圧倒的成長を見る上での最適な“Before”画像だからであり、上海の小籠包の美味さが香港の飲茶の味によって舌に蘇るからであり、上海の中国茶室でぼったくられた400人民元の苦みが、サイト上の情報と全く違った香港の格安ホステルの渋みと渾然一体となって鼻腔を駆け抜けるからである。KDSブログに寄稿してくれと朋友に頼まれて以来、返さぬまま、返せぬまま時は流れる。今一度中国と呼ばれうる地に至るに当たって、僕は漸く彼の地での物語も綴る機を得た。ここはUTDSブログなれど、せめてもの餞を。
 
 上海になぜ行くことになってしまったのかはあまり思い出せない。碌に言葉も交わしたことのない刈り上げの男から唐突に送られてきたメッセージ、その余りの熱量に押されて戸惑う内に、成り行きでここに至ったものだ。それでも、僕の決断としては本年随一のナイスプレーだろう。新歓とGeminiとで揺れる東京に背を向けて、単身国外逃亡へ。八月末も十月末も発動される「亡命芸」、誕生の瞬間である。執行のみんな、特に髙田、大事な時にいなくてすみません。

 チーム名、“Spritual Idolization of Dunn-Goekijian Organization” 略して SIDO。キヨ先輩のCAへの尊敬の念が、iTV先生のチーム名への謎のこだわりと見事に融合した一品。しかしロールコールの度にマイケル=ダン=ゴキジャン大王様はちゃんと一言挟んでくださった。キヨ、感涙。
 大気汚染はそれほどないが、大会の記憶は濃霧に霞む。各ラウンドの想い出はあるはずなのに、遠くて厚い靄がかかって、語れることなど限られている。キヨは会う度に「あのラウンドのOGはさぁ」「あのアーギュメントはこうだったよな」「あの時当たったあいつがHKDOに出てるぞ」と驚異の大容量ストレージを見せ付けてくるが、「わかる」三割「わからん」三割、「お前がそう言うならそうなんだろう」四割である。

 人間は被った痛みを授かった恵みよりも大きく見積もってしまうらしい。大会前日の観光でぼったくられた我々は、その後に食した小籠包の澄んだスープと揚げ蟹の肉の濃厚な旨味も忘れている。当日早晨、「昨日は散々だったな、悪運は使い切った。行くぜ相棒」朝シャンプーで髪を固めて、乗り込む大学、徒歩2分。
 アロケの僥倖に恵まれて前半からバーディとパーを連発、ブレイク行けるんじゃね臭が四方八方から漂ってくる。「regret 始皇帝」モーションはCO、中学時代にひたすら貯め尽くした中国古代史知識を振り絞ろうとするも、蒙恬も章邯も趙高も、始皇帝の統一以後では関係ない。「中国が分裂したまま2000年過ぎてたらヤバかったかも知れないだろ!東南アジアみたいに帝国主義にやられてたに違いないンゴ!」と苦し紛れにぶん投げるも、「あっ、はい」の域を出ず安心と信頼のダブルボギー。そこから足踏みしながらも、バブルで勝利を確信し、ブレイクナイトの会場へ。CAマイケル=ダン先生、“Next breaking team, with XXX points, which makes me particlary happy, goes to ... Spritual Idolization of Dunn-Goekijian Organization!!” 勿体なき御言葉に大興奮、100万人民元の夜景を背景に、3人で記念撮影だ。


ダン先生、音源でhear hearしてるポーズが可愛いとのことで、
今回はそれを再現してもらいました。大感謝の海。


 一日前の参考画像
ぼったくられてこの表情 ~キヨ編~

ぼったくられてこの表情 ~iTV編~



 ブレイクラウンド。苦しみながらもPartial-Double Octを突破。続くOFOOを引く。Openingがいつもそうであるように、「やったか?」と。しかし立ち上る煙の中で、立っていたのは我々ではなかった。
 上海の財経大の草に寝ころびて 空に吸われし十九の心。「まぁ、クオまでは行けそうだったけどな、でも」「ああ、まぁここまでだな」「妥当オブ妥当。ザ・実力」「ちげぇねぇ」食堂で買ったアイスの味が、舌の味蕾に染み込んでゆく。
 キヨと纏まった言葉を交わす経験は、実はそれほどなかった。その時に何を話したのかはあまり覚えていないけれど、その芝の透き通るような翠色と、蒼穹の空の遠さと、頬を撫でる微風の心地よさは、きっと、そう、これはきっと僕が覚えているものなのだろう。言葉にすれば、記憶の硝子のドームには罅が入ってしまうのだけれど、それでも僕はこの幻想のドームを建てては壊し、建てては壊し、そうやって過去を創り出しながら生きていく。

端的に言ってマイケル=ダン大先生は大聖人なのだ。

 KDSとのジョイントのすヽめ。残間、めぐみ、キヨ、ももか。気付けば同期と四度組む。三千世界70億人中、世界ランク20位には入る屈指のKDSお兄さんになってしまった。
 パートナーとは何か。自分の分身でもなければ、完全な赤の他人でもない。憎むべき敵ではないが、いつもなかよしのおともだち、でもない。近付き過ぎれば互いを焦がし、離れ過ぎれば凍えてしまう。パートナーの欄に登録する人間とパートナーと呼べる距離感を保つのは、なかなかどうして難しい。特に、僕のような不器用な人間にとっては。
 そうして過度な期待をして、あるいは過小な期待を浴びて、揺れて揺られて揉みに揉まれて、一つ所に定まれなかった僕にヒントをくれたのは、残間であり、めぐみであり、キヨであった。心地よい距離とは、相手をよく知らない程度だ、と。キヨ、お前がどこまで何を言うのかは知らないが、俺はこういうことを言うぜ。お前もテキトーに、言えそうなことを言ってくれ。よろしく頼むぜ、相棒。

 上海から帰京すると、恰もSIDOなど無かったかのように錆び付いた大きな歯車のような日常が回り始める。肩は凝り、目の隈は濃く、背は心なしか曲がりがちになり、キヨとも再び会う機会なく、気付けばGemini、そして若葉杯。そのORにて、やはり刈り上げを綺麗に整えてきた彼は言う。

 「板部、ももかと出てみろよ。香港。」

 心地よい距離って奴に、もう一度浸ってみるか。


 足掻いて足掻いて足掻き尽くして、膿を出し尽くした2017年シーズン。心に巣食う魑魅魍魎の跋扈するこの地獄変、ただそこから夢のような二日間を抽出するのだとしたら、それは春Tの日々だろう。
 尊厳者・ぴーたー先輩、騎士団長・清先輩と駒を並べ、Tokyo Aの出陣ぞ。「ウルトラスーパーフルアーマーヘビーデラックスiTV」「廃課金武装系iTV」「英霊の引きが良かっただけのiTV」などと言わば言え、自分が一番知っておる。
 嗚呼、あの春Tほどプレパしていて楽しいことはなかった。モーションリリース30秒で、Vetoは1, 3, 2に決定、「清は個人、板部は社会、あとは俺がやるわ」の心強い一言、そこから先は30分の自習室。ちょくちょく相談できるあたり、高校時代のサイゼリヤやらBig Echoやらでの受験勉強会のような安心感が部屋を覆う。信頼してくれている、でも期待はされていないというその心地よさ。お前は自分で考えた好きなアーギュメントを言っていい、方向性は修正してやるが、基本は自由に任せるぞ、というその鷹揚さに甘え、僕は史上最も伸び伸びとスピーチすることができた。
 「楽しまなくちゃあ、ダサい」という清先輩の横顔。「ここまでは任せた、後の残りは任せな」というぴーたー先輩の背中。この人と組めて、本当に、本当に良かったと噛み締めながら言葉を紡いだSFDPM7分間は、忘れ得ぬ心象風景として今でも想起される。

 香港の7ラウンドも、僕には愉快であった。居心地のいい距離感の中で、自由に話すこともできた。しばももも同じことを感じてくれているのならば、今の僕にとってそれは何よりの喜びだ。あの日の騎士団長に、尊厳者に、少しでも近づくことができた証拠になるのだから。今日のしばももが僕にくれているようなオアシスを、僕も自身の固有結界として彼女に差し出せるのなら、春T以来過ごしてきたこの半年は間違いなんかじゃないんだと、胸を張って言えるようになるのだから。


 HKDOという大会のことだけを書いて、香港の街のことを書かぬままでは、どうにも香港という世界が桃源郷のように見えてしまう。そいつは困る。記すべきことは記しておかねば、ババとキヨの魂が成仏できない。
 僕たちは甜めていた。日吉練の後、香港を。高を括っていた。言うて上海も余裕だったし。言うて香港、英語通じるやろうし。宿も空気も交通も、日本と比べりゃ不便でも、そこまでまずいっちゅーこたぁなかろうて。我らHeavenly Kawaiiは、話題沸騰のルーキーアイドル・ババと、刈り上げの髪型を変えたいと言ってから一年近くそのままの男・キヨのペア Keio Bと共に香港へと飛び立つ。

 僕たちは甜めていた。香港の喫茶店で、辛酸を。朝5時着ですることもなく、電車を待つのも馬鹿らしい。バスなら早いと乗り込むが最後。この運転は人を酔わせるのに最も効果的、シートベルトの重要さがわかる動画だ。三半規管をやられたババは大気汚染で目も充血し、ホームシックに咽び泣く。一方キヨは喉をやられて、龍角散を一気飲み。「やばい、やばい」と言っておきながら大丈夫そうな我がパートナー、さすがはKDSの女帝。
 古本屋で買ったガイドブック2016を頼りに、やっとの思いで見つけた飲茶店。
「地元の人と一緒に食べよう」の時点で察するべきだった、THE・大衆食堂に、我ら四人は顔面蒼白。食器は投げるもの、スープは零すもの、料理はワゴンから取りに行くもの。必死に北京語で食らいつくが、返答がイマイチわからない。それでも勉強しておいて良かったなぁ、ああ、思い返せば2017年、確実に進歩したと胸を張って言えるのはこの中国語だけだなぁ、哲学も文学も勉強した感がどうしても自分ではわからないタイプの学問だしなぁ、とりあえず中国語は頑張ったよなぁ、それに比べてディベートは停滞感が否めねぇなぁなどと感じながらも、感慨に浸ってる場合じゃねぇ、通じなければ意味がない。香港住民の圧倒的な人混みに押されて、なんとか獲得したのは鳥の足と...何かと何かの計3品。わからない of わからない。美味いか不味いかもわからない、多分こいつを美味いと感じる人もいるだろうし、僕は行けないこともない、とここに書いたら、多分他の三人は静かに首を横に振るだろうから、うん、きっとあまり美味しくなかったと書くべきなんだろう。まぁ、そんな飲茶もこの世にはある。
 しばももは同宿の女性軍団に回収され、バキヨiTVのぶらり旅。しかし、累積ダメージは限界に達していた。展望台へのケーブルカーに長蛇の列ができていたことに救われ、登らないJustificationを得て宿へ直行。しかし、悲しみのロンドは終わらない。


あんなゲテモノ飲茶食ったら、うん、やつれるよ。表情も消える。
背景も...海の筈だけど...消えるよな。うん、あの飲茶はヤバい。

ババかわいいよババ
(UTDSブログにUTのいない写真を載せてもいいのか?)

 宿ってのは恐らく、うん、もう少し、こう、暮らせる空間のことを指すんだと思う。少なくとも、あの予約サイトに載っていた写真のような、ああいうベッドがあって、こういうスペースがあって、という部屋のことなんだと思う。うん。ね。現実と写真のギャップがさぁ、ね。
 別に僕たちはトイレとシャワーが同じ部屋にあることを責めているわけじゃない。でも、シャワーのための空間が、部屋の中で何かによって区切られてることくらいは要求してもいい気がする。お湯を出したら即便座に水がかかるの確定だなんて、おじさん、聞いてないよ。
 三人部屋って言ったよね。ねぇ。二段ベッドだなんて聞いてないよ。下の段の方が20cmくらいかな、幅が広いからって、それ、一人分増えてることにならないよ。そもそも掛け布団一枚じゃん。共有前提じゃん。キヨと僕、リアル同衾じゃん。
 上の段に行ったババは体が収まらず、対角線でも収まらず、弓なりに寝るという荒技で体調悪化。一方キヨは寝付かれず。一瞬で深い昏睡へと落ちていった僕が外側に君臨しているから、またいで外に行くわけにも行かず、寝返りすら打てぬ過酷な環境でただ乾燥と戦っていたらしい。翌日快眠から目を覚ました僕の隣には、徹カラ並みに声を枯らした彼の姿があった。あの声でどうしたらディベートができる。

 二日目からはババを別の宿に預かってもらい、なんとか二段ベッドを二人で使う。その節はババの保護、ありがとうございました。しかし、僕でも狭いぞ、上の段。妙に揺れるし。僕は170cmだが、180cmはあるババはどうやったら入ったんだ?
 根本的問題、乾燥は解決せず。キヨの体調はますます悪化し、一日目のChampionship Dinner、二日目のBreak Nightともに欠席という始末。僕が部屋に帰ると、頭に冷感シートを貼って、寂しくフライドチキンを貪る彼の姿が。嗚呼、あんまりだ。彼をどうにか、誰か、救ってやってくれよ。

ギリギリの笑顔
マスクを外すという発想は誰にもない


 
 来年以降、参加を検討する皆さんには、一つ教訓を残したい。
 何もかも疑えとは言わない。でも、少しは選球眼も必要だ。写真の部屋が当該の部屋とは限らない。サイトが英語で書かれてあるからと言って、英語が通じるとは限らない。僕の女将さんへの最初の質問は、英語で話してもよいですか、だったが、即答でNoであった。ちなみに、北京語も微妙に怪しい。
 恐らく、他の候補と比較しても不自然に安すぎるところを選ばなければ問題はないのだろうけれど、イメージで決めるとこのような悲劇を生んでしまう可能性がある。ババとキヨのあの日の健康は海に沈んだまま、帰ってくることはない。

 なお、しばももは女性軍団とともにとてもQoLの高い生活をしていたとのことです。はい。現場からは以上です。

ごめん 普通にBreak Nightのクルージング楽しかったわ
まぁそれよりクロージングの方が好きなお前には関係ねぇか、キヨ。



 今香港から帰ってきて、日本の我が家の炬燵に半身を埋めてパソコンに向かい合っている。辞めようという願いが、一週間前とその色を変えていることは間違いない。別に今の僕は、あのR7のPMスピーチ、言い切れなかった3つ目のアーギュメントが人生最後の立論になっても構わない。改善はしてきたが克服もできなかったタイマネという問題を最後の最後で突きつけられるのも、そうそう悪くない幕引きだ。ただ、もう少し、δ+、僅かでも良いスピーチをしてからでも遅くない、かも知れない。
 楽しければそれでいい。その思いが勝ちたいという念と渾然一体であるように感じることもあれば、無関係に見えることもある。結局、万物はスペクトラムだ。「辞めてやらぁ」「意地でも続けてやらぁ」なんて頑固な態度を取っているうちは、「マトモな」決断などできやしない。
 僕がディベートを続けても、誰にも得はない、などと言う理由づけもする。でも考えれば、そんな当然の事実は辞める理由に使うには少し回り道すぎる気がする。僕のアーギュメントが目の前の誰かを笑顔にすることなどないのは当たり前。この人がかっこいいと思うということはあるかも知れないけれど、僕が他のディベーターに抱く尊敬の念も憧憬の情も、彼らがディベートを辞めたところで少しも揺らぐものではない。僕らがディベート始めるずっとずっと前にはもう AK先輩はノビス出てたって言うのに、僕らは香港がまだ英国だった頃から変わらないアーギュメント探してる。これ以上、しがない一人の哲学徒が革命的な議論体系を構築できるとも思えないし、できたところでそれが後世に与える影響など、このコミュニティーの狭隘さを考えれば、誠に微々たるものであるとは容易に察しがつく。結局、他者は関係ない。全ては自分がどうしたいか、楽しいか否か、これだ。
 他人の出す論題に踊らされ、ムキになって考えて捻り出した議論を必死に敵に叩きつけ、30分前にはなんとも思っていなかったことを自明の理でもあるかのように滔々と説くその姿、時に感情が爆発するのも厭わないその姿は、果てしなくカッコ悪い。それでも、それをカッコ悪い、と切り捨てて踵を返し、自分の限界に辿り着かぬまま、「もう少し頑張れば前に進めたかもしれないけれどね」と斜に構えて話すタネを残し、内心己に課した夢から逃げてしまったという意識にチクリと刺され続ける人生もまた、恐らくカッコ悪い。どちらにしてもカッコはつかず、どちらにしても後悔する。
 いずれにしても学科は忙しくなる。動き出さねばならない。いつまでもモラトリアムのぬるま湯に浸かっているわけには行かないから、遅かれ早かれ僕はここからいなくならざるを得ない。それも、極めて近い将来に。この冬にでも、秋にでも。続けるか辞めるか悩んでいると言うよりは、辞めると宣言するタイミングを何月何日にするか、どの大会にするか決めかねていると言う方が恐らく正しい。結局、どの道もどうしようもないくらいダサくて、ヘンで、おかしくて、限りある道なのだ。もう少し悩んだっていい。Kawaiiに始まりKawaiiで終わるもよし、もっとKawaiくなる可能性を残しておくもよし、だ。

 銀杏杯でCAを務め、紅葉杯でMDをした。Noviceと冬TTabになり、Tokyo MinaTD業だ。運営側に今まで散々不満を感じていたが、そこにはそこの気苦労があり、骨折りがあり、制約があり、事情があるのだと気付かされる。そして同時に虚栄もあり、偽善もあり、怠惰もあるのだという事実も、鋭く身を貫く。
 この共同体という奴は狭い。泥のようにねっとりとして、中で蠢く砂たちは声を上げるふりをするけれど、結局泥の温もりに身を任せ、出ようとする努力を怠ってやがる。絡みつく泥は僕の内から生じているから、もうこいつと離れるわけには行かない。だからせめて泥を泥と認識していたい。もう過度な期待も、崇高な理想も、「自分は今正しい場所にいて、正しいことをしているという感覚」も、全て九龍湾に流してしまえ。
 
 「精神的に向上心のない者はばかだ」「おまえが消えて喜ぶ者に おまえのオールをまかせるな」「この想いを消してしまうにはまだ人生長いでしょ」自分にそう言い聞かせて、なんとかこの暑い夏を乗り越えられた。女神マリアンヌに連れられ、可愛い後輩たちに支えられ、香港というオアシスまで辿り着けた。生き延びるためにその時は必要だったのだから、そうして自分に発破をかけたことは間違いなんかじゃないだろう。けれど、僕が本当の意味で、己を見失わざる一歩を踏み出せる日が来るとすれば、その時にはこんな強い言葉たちはもう風前の塵のように消え失せているだろう。僕はその風を待っている。


みんなでやれば怖くない。
背景に擬態するのは生存の知恵。

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【次回予告】

長文投稿に自身ニキ 副ブログ担の活躍を見て、
あいつが黙っているはずがない。
正ブログ担 テンイチ・ヲグラ、合宿担でもある男。
今、バイト先のラーメン屋で纏う神秘の制服を脱ぎ捨て。
刻め、綴れ、その言葉を。

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よっつん先生の社会人合宿感想文
T. Watanabe先生の ABP感想文

順次公開していきます!




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