会長からのお言葉 其の四

また、大会直前になると、ジャッジテストを撮影し、ジャッジテストを添削してそのジャッジをどれくらい大会においてprioritizeするかを決めなければなりません。今回は延ばし延ばししていたら、またもや神である内山さんがいつのまにかどこからともなくTitech Cupのジャッジテストを我々に提供してくださり、またも我々DCAたちの業務はジャッジテストの添削だけになりました。(本当に仕事をしないDCAで申し訳ないです;;)


テストする側の方々。

 
ここでジャッジをしたことがある人ならば、気になるのはジャッジテストの採点ってどういう風に行われているのか、という点です。なんせジャッジブレイクの99.9%を左右しているとまで言われる(quoted by Kazuki Kaicho Tokunaga 2012)ジャッジテストです。 何かブレイクの秘訣はないのでしょうか。

ジャッジテストの添削基準は至ってシンプルです。自分がパネルやトレイニーなどを大会でfeedbackすることがあるでしょう。あの時と同じだと思えば大体間違いはないです、ということは、ジャッジブレイクをするためには、パネルの時にチェアにアピールする方法と同じことをすればいいのです。

まあ、それが難しいのではないでしょうか。なのでとりあえず一般的にジャッジテストにおいて指摘されがちな要素についてここでまとめることにしてみましょう。

    細かいロジックを拾えているかどうか
 ジャッジとして極めて当然のことですが、如何せん一時間も二時間も掛けて動画を見せて、かつA4何枚も原稿を書かせているのですから、採点者としてはどれくらいきめ細やかな議論まで追われているかで優劣をつけたくなるのも当たり前です。しかも、ジャッジテストには文字制限がないものがほとんどです。ということは、細かいロジックを拾えていることをアピールしまくれば、まあ、議論がおえるという能力を上手く示せるのではないでしょうか。
 

確かに、優れたジャッジになればなるほどRFDがシンプルであるの法則というのもあります。某我がUTDSの社会人や、トシさんを思い浮かべるまでもなく、神クラスのジャッジになればなるほどシンプルかつ圧巻のRFDになってきて、我が師匠である金親さんのジャッジもこないだ見ると、なかなか感動的なまでに簡潔で、まだまだかなわないなあ、と尊敬の念を深くしたのも記憶に新しいです。
 

しかし、一言だけアドバイスしたいとすれば、「それは神だから出来る。」ということであります。正直、RFDの質を維持したままシンプルにするということは、まるで同じ質のマターを少ないマター量のスピーチの中に詰め込むほどきわめて困難な技だ、ということであります。現にそのクラスの神ジャッジの方々は、長々と細かいロジックを聞くと充実な分量返してくださいます。要は、長々と細かい緻密なRFDの果てに、そのようなシンプルなRFDがあるということなのです。なので、我々イラジャを避けたいジャッジ勢は、淡々と長々とこまごまと時間をかけて書き上げましょう。

    介入を減らす
やはり一番ジャッジとして避けたいことは、ディベーターから介入である、と取られることです。なのでジャッジは、出来る限り、介入をしていると取られないような表現、自分の主観的要素が入っているとは思われないようにすべきです。
介入かどうかということに関しては、様々な要素があります。古くからジャッジ理論として論点になっている例えばARP(明るいリサプリティー、二回目の注釈だからボケていいよね?)の議論などですが、僕はタブララサ説(注:チベットの首都、アブラカタブラ(段々ブログ執筆二日目を越えて、面倒くさくなっている。あとでちゃんと説明します。))を取っているのですが、正直これに関してもフェアであればどちらでもよいと思っています。
 
 ARP問題の論点としては、average reasonable personとは誰か、という論点で、これが異なってくるとどのイシューまで取るのか、という話につながってきます。前述のタブララサ説では、きわめて一貫しており「説明されたイシューは全て取り、説明されてないものはもう知らないものとして想像で補ったりすることを極限まで避ける。」というスタンスになりますし、AIP説(Average Intelligent Person説、俺がディベートだ!(ニヤリみたいなスタンス)では、説明しようがすまいが常識的に考えて取れないものは取らないし、説明してなくても普通に考えて取れるものは取れるというスタンスになるでしょう。

ただ、どちらのスタンスに立ったとしても、自分がどの基準のイシューまでなら取って、何を取らないのか、という説明責任のバーデンをガバオポ均等にかける限り、ジャッジとしてラショナルだと考えます。ここで大切なのは、均等に負担をかけ、どこまでかけたかを論理的にディベーターに説明することです。しばしばしがちなのが、「これは取れるけど、これは取れない。」と片側のチームにだけ言ってしまったり、突然ジャッジが自分の知識、価値観を披露してしまいがちだということです。こういうことをしてしまうと一瞬で介入の危険性が増してしまうので、自分の感想、知識、価値観はRFDの時には置いておきましょう。

このためにしばしばRFDとフィードバックは別々に分けましょう、と言われるのであります。

また、どのイシューを取ってどのイシューを取らなかったか、ということに関してもイラジャ疑惑が最も現れやすい論点であります。

例えば、「Negは何も残ってなくて、Affは全てのマターがウルトラブリリアントリーに残っていたからAffです!」ここまであからさまではなくとも、立ってないなと判断したら何の説明もなしに、話にも出さないジャッジもいます。しかし、それでは、Negは全くRFDに納得することが出来るわけもありません。なので、イシューを取らない時には、何故そのイシューを取らなかったか、という理由まで説明するようにしましょう。ここまで極端でなくとも、結構ありがちなので一度気を付けてみるべきです。

     RFDの説明の順番に気を付ける。
 今回は二点指摘したいと思います。
a.    CCF(Conclusion Comes First オチを先にばらしてまう)を心がける。
b.    クライテリアに分ける時には、何故そのクライテリアに分けることが正当かを説明する

 aに関してですが、まあ普通に話聞いてて分かりにくいし、眠くなるし、面倒くさくなるからです。多分この原則を貫く先に、先ほど述べた簡潔かつ力強いRFDがある予感がしているのですが、まだ僕には判明していません。

 RFDというのはしばしば長くなりがちですし、複雑になりがちです。特に接戦の時には、ほとんどのイシューにおいてタイであることが多く、どこが決定的な差だとして取ったかということがディベーターに分かりにくくなりがちで、何が言いたいのかよく分からなくなってしまうことが多いです。

 そのため、最初にまずゲームの結論を述べましょう。(例;AFFにボートしました。ラウンドのレベルはExtremely Poorだと思いました。マージンはExtremely clearでは付けきれないくらい付けました。両チームの差は、顔、雰囲気、英語力の全てでした。)などです。このようにすると、このジャッジがイラジャだということが話を長々と聞く前から分かり、噛みつきやすくなります(本当にバカがばれるかもしれないと怯えないでくださいw少なくとも分かりやすさ、というのはジャッジの最重要な能力でありますw)。

 また、イシューごとに分けたり、クライテリアごとに分けたりした場合には、そのごとの結論を先に述べましょう。(例:Praではタイだと判断し、Philoでもタイだと判断し、Consistency,Manner,POI,Dinamicsでもタイだと判断し、最終的にスピーカーズスコアを足してみたら何となくNegだったので、Negにボートしてみました。)でなければ、その後の長々とした説明の着地点が分からず眠くなってしまい、最終的に昼寝することになってしまうからです。

 また、イシューやクライテリアに分けた時にはきちんとその分け方が正当だと示さなければなりません。もちろん、ディベーターの中でクラッシュしていればよいのですが、勝手な基準に切り分けるなら、何故そのおのおののクライテリアで勝つということがそのゲームにおける勝ちになるか、ということまで説明しなければ、ディベーターは納得できないので、気を付けましょう。

 このように安定してRFDをやるためには、自分の中でRFDの決まった順番を作っておくと、少なくともイシューごとの優劣は忘れなくて済むので、ジャッジの能力が安定するようになると思われます。

    ディベート理論について理解を深めよう
 これはアディショナルな項目(注:イラショナルの友達、ナショナルの従兄弟。ナショナルは不況のあおりを受けてパナソニックになった。)なので、ジャッジテストの添削に関しては関係ないのですが、まあ思いついたので書いておきます。ジャッジでディベート理論知らないというのは、クリープを入れないでブラックコーヒーを飲もうとする程度の行為であるということは、肝に銘じた方が良いです。つまり、やらなくてもよいです。
 が、ディベートするうえでもジャッジするうえでもいいことだと思います。

 
僕も1年生の後半から2年生の前半までは、加藤さんのブログだのツイッターだのエトセトラエトセトラーを読みまくり、割と感動した記憶があります。特にUTなら先輩は優秀なので、勉強しましょう。
 

権力者たち。
 これは何故かというと、パターンについて言語化することで意識してラウンドやジャッジに臨むことが出来る、ということもありますし、ジャッジというものはフィードバックをしなければならない仕事である、ということもあります。フィードバックをやるとなると、「どういうディベートまたはどういうスピーチがいいスピーチなのか」ということを考える必要が出てきます。そうしないと、よりよいスピーチにすることが出来ないからです。

 そうなった場合、自分の中に、理想のディベートのためのクライテリアがなければ人にフィードバックをすることができません。なので、いろんな人の理論を勉強すると、ジャッジをするときにすごくドヤ顔でリフレクが出来るようになるかもしれないので、おすすめです。

コメント

匿名 さんのコメント…
肆じゃないのかよ